不妊治療における重要な治療方法である生殖補助医療(ART)では、体外受精-胚移植の際に得られた胚のうちどの胚を移植するかを選択する必要がある。横浜市立大学市民総合医療センター生殖医療センター(現・臨床研究部)の伊集院昌郁氏らは、胚のミトコンドリアDNA(mtDNA)変異の数に着目して着床後発生を評価し、良好な経過をたどり正常な染色体を保有して発生する胚ではmtDNA変異の数が少ないことをFront Cell Dev Biol10.3389/fcell.2023.1215626)で報告した。

モザイク胚を体外培養して変異の数を評価

 正常細胞と異常細胞が併存するモザイク胚は、正常核型胚と比較した場合の妊娠率は低いものの、発生過程で正常胚になり出産まで至ることが報告されている。モザイク胚の予後予測については、従来は顕微鏡で胚の形を見る形態学的評価法、胚の染色体を調べる着床前診断などで評価してきたがいまだ不完全である。今回伊集院氏らは、体外培養した胚のmtDNAに存在する変異の数と着床後胚発生の経過の関係性に着目して評価を試みた。

 対象は横浜市立大学市民総合医療センターを受診した不妊症患者17例(平均年齢35.6歳)。合計27個の胚盤胞に1胚当たり1~3回の生検を実施し、56個の培養前サンプル(胚当たり2.1±0.8サンプル)を得た。着床後の発生過程における変化を評価するために核型分析を行い、さらにミトコンドリアの量と質を明らかにするためにmtDNA変異とmtDNAコピー数を解析した。

 同時に胚の残った部分について体外培養を行い、培養後検体を回収して同様にmtDNA変異とmtDNAコピー数を解析した。最長培養期間を7日間として細胞増殖が完全に停止するまでの日数を培養期間としたところ、生検後7日目に生存している胚(培養可能胚)は17個(培養胚の63.0%)であった。(図1

図1.研究の流れ

48584_fig02.jpg

mtDNA変異数はモザイク胚の移植結果のマーカーとなるか

 mtDNA変異は一般的にミトコンドリア活性を低下させることから、90%以上のヘテロプラスミーを達成したmtDNA変異の平均数を調べた結果、正倍数体胚は培養前のmtDNA変異株で有意に少なく(正倍数体胚: 0.27±0.5、異数体胚: 1.22±0.66、P=0.005)、培養後のmtDNA変異についても同様の傾向が観察された(同0.36±0.61、1.22±0.79、P=0.010)。

 また培養前のモザイク胚でmtDNA変異を数え、培養後の各核型間におけるmtDNA変異の数と比較したころ、培養後の正倍数体胚は培養後の異数体胚よりもmtDNA変異が少ないことがわかった〔培養前(正倍数体胚: 0.32±0.60、異数体胚: 1.33±0.90、P=0.061)、培養後(同0.42±0.60、1.33±0.90、P=0.86)〕。このことからmtDNA変異数がモザイク胚の移植結果を予測するマーカーとして機能する可能性が示された。また培養可能胚は非培養胚よりも培養前mtDNA変異の数が少なく(培養可能胚: 0.44±0.59、非培養胚1.14±0.99、P=0.053)、培養後のmtDNA変異数も有意に少なかった(同0.47±0.61、1.29±0.88、P=0.021)。

 これらの結果によりmtDNA変異の数が、着床後の胚発生と胚内の異数性細胞の減少に関係している可能性が示唆された。(図2

図2.培養経過とmtDNA変異の数の関係性

48584_fig01.jpg

(図1、2ともに横浜市立大学プレスリリースより)

 伊集院氏らは「今回調べた胚のmtDNA変異と胚のミトコンドリア機能の直接的な関係性はまだ分かっていない」と指摘し、「実際に利用するにはその解明とともに、解析の侵襲性を小さくする手法の開発も重要」としながらも「胚の新しい評価法の開発が実現すれば、移植当たりの妊娠率の向上とともに難治性不妊症患者の精神的・経済的負担を減らすことができる」と展望している。

服部美咲