インタビュー

「不妊治療」を受けやすい職場環境を
~東大医学部・原田美由紀准教授インタビュー~ 「知っておきたい不妊症・不育症」(下)

 2022年度から保険適用化が予定されている不妊治療。

 希望するカップルの経済的な負担が軽減されることは期待できるが、当事者が抱えるのは治療費の悩みだけではない。不妊治療が受けやすい社会的環境、特に職場での理解が進まないと、希望しても治療を断念するケースも出てくると警鐘を鳴らすのは、東京大学医学部附属病院の不妊外来で診療に携わる原田美由紀准教授だ。知っているようで意外と知らない不妊症と不妊治療について聞いた。

東大医学部・原田美由紀准教授

東大医学部・原田美由紀准教授

 ―来年度の保険適用化を控えて、不妊外来の受診状況はいかがでしょうか?

 保険適用化を前にした受診控えのような様子は当院では特に見受けられず、むしろ増えているように思います。来年度の保険適用化以降の受診は、一時的にであってもさらに増えると予想しています。

 ―不妊症の人はどのくらいいるのでしょうか?

 不妊症とは、健康な男女のカップルが避妊をしていないのに1年経っても妊娠しない状態のことで、正確なデータはありませんが、カップルの10~15%だと言われています。近年は妊娠の高年齢化により増加傾向にあると考えられています。子どもを希望する場合、特に高年齢であれば早めの受診が勧められます。

 ―受診すると、どのような検査を行うのですか?

 不妊症の原因は男女半々と考えられています。そのため、男性・女性それぞれが検査を行うことが望ましいですね。初期のスクリーニング検査では、男性は基本的に精液検査で時間的・身体的な負担は少なく行えます。女性は血液検査、超音波検査、X線検査(子宮卵管造影検査)など、検査だけで少なくとも4回受診が必要になります。

 ―4回は多いですね。まとめて行うことはできないのですか?

 月経中、排卵日など月経周期に合わせて行うため、「この日にこの検査を」という受診者のご希望をかなえるのは難しいのです。女性は検査だけでなく、不妊治療も同様で、スケジュールをコントロールできない場合が多くあります。

 ―どのような治療をするのでしょうか?

 子宮内に精子を注入する人工授精では、排卵日を確認して実施日を決めます。想定していたように卵子が育っていないと、実施日が予想より遅れて受診回数が増えたり、逆に予想よりも早く卵子が育っていると急きょ「明日実施します」と指定されたりすることもあります。

 ―急な予定変更では仕事と両立するのが大変そうですね。

 さらに仕事と両立が難しいと考えられるのは、より高度な不妊治療の体外受精や顕微授精です。女性は卵子を体外に取り出す「採卵」手術があり、卵子の育ち具合を確認するために採卵前に3~4回の通院が必要になるほか、10日~2週間程度、排卵誘発剤の注射を毎日打つケースが多くなります。薬剤によっては自己注射できる場合もありますが、それ以外は通院になります。また、採卵後には受精卵(胚)の移植もあります。

 ―頻繁に通院が必要になるということですね。

 保険適用化によって、体外受精や顕微授精の希望が増えることも予想されますが、仕事との両立が課題になると思います。実際に両立が難しく、不妊治療を断念したり、仕事を辞めたりするケースはこれまでもあり、決して珍しくありません。

 ―職場で周囲が知っておくべきことは他にありますか?

 一部の検査や治療では身体的な負担もあります。子宮卵管造影検査では痛みが生じたり、排卵誘発剤の使用で吐き気などの副作用が出たりする場合があります。また、採卵手術では麻酔を使用するため、術後に安静が必要になり、人によっては痛みが続く場合もあります。

 ―不妊症や不妊治療という言葉は知っていても、実情を知らない人が多いかもしれません。

 まずは基礎知識を持っていただき、それぞれの職場で対応を検討していただくことが望まれます。新型コロナウイルスの流行により、昨年からテレワークや時差出勤など、柔軟な働き方を取り入れる企業が増えてきました。職種によるとは思いますが、不妊症の検査や治療でも、こうした働き方の選択肢があると良いと思います。

「知っておきたい不妊症・不育症ガイド」

「知っておきたい不妊症・不育症ガイド」

 ―休暇制度だけではなく、さまざまな対応が考えられますね。

 もう一つの観点として知っていただきたいのは、不妊治療を行っていることを職場に知られたくないと思う人もいる点です。不妊治療は個人差が大きく、不妊治療を行えばすぐに妊娠できるとは限りません。プライバシーの問題であるとともに、不妊治療がうまくいくのか当事者が不安を抱えていることにも配慮していただきたいと思います。

 ―職場での理解や対応は急務ですね。

 特に職場の管理職や人事担当者に対する啓発が求められています。厚生労働省のサイトでも職場向けのマニュアルやハンドブックが公開されています。仕事との両立という意味では不育症(流産・死産を繰り返す)も併せて対応することが望ましいと考えられるため、書籍「知っておきたい不妊症・不育症ガイド」(時事通信社から12月下旬刊行)として一冊にまとめました。不妊症も不育症も早めの検査や治療が勧められます。子どもを望む人がタイミングを逃さずに妊娠・出産にチャレンジできるよう、サポートをしていただければ多くのカップルが救われることになると思います。(了)

【関連記事】


新着トピックス