量子科学技術研究開発機構(QST)関西光量子科学研究所量子応用光学研究部上席研究員/九州大学大学院総合理工学研究院客員教授の榊泰直氏らは、住友重機械工業および日立造船との共同研究でレーザーイオン加速を用いたレーザー駆動の「イオン入射装置※1」の原型機を世界で初めて開発。小型重粒子がん治療装置(量子メス)の実現に向けた統合試験を開始したと発表した。

レーザー装置やイオン輸送部分の小型化がカギ

 重粒子線がん治療は患者の負担が小さく、治癒後の社会復帰が容易であることから注目を集めている。日本では、1994年にQSTの前身の1つである放射線医学総合研究所(NIRS)で世界初の重粒子線がん治療装置(HIMAC)が稼働したのを皮切りに、現在は世界最多の7施設で重粒子線がん治療装置が稼働している。

 しかし、1年間に治療を受けられる患者数は4,000人程度であり、これは日本で新規に診断されるがん患者の約0.4%にすぎない。そのため、治療装置の小型化による全国的な普及が求められる。

 重粒子線がん治療装置は、炭素イオンを発生させて光速の約9%まで予備的に加速する「イオン入射装置」と、イオン入射装置で生成した炭素イオンをがん細胞に届けるために必要な速度(光速の約73%)にまで加速させる「シンクロトロン※2」という2つの加速器から成る。

 量子メス開発プロジェクトでは、これらの加速器にそれぞれ革新的な技術を導入することで小型化と高度化を図っており、超伝導技術を利用したシンクロトロンは既に実証機の製作段階にある。

 イオン入射装置はレーザー装置、イオン加速部分、イオン輸送部分から成り、小型化においては、レーザー光によるイオンの加速現象が重要な役割を果たす。高出力のレーザー光を集約してわずか数ミクロン程度の厚さの標的薄膜に照射すると、薄膜を構成する原子がイオン化すると同時に瞬時に加速されるイオン加速現象(レーザーイオン加速)が報告されている。既存の加速器は15mの加速距離を必要とするのに対し、レーザーイオン加速では数百万分の1程度(数ミクロンに相当)と桁違いに短縮される。そして、イオン加速部分以外のレーザー装置やイオン輸送部分を小型化できれば、装置全体の大幅な小型化につながる()。

図. 次世代型の小型重粒子線がん治療装置(量子メス)

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(QSTプレスリリースより)

 イオン加速部分に関しては日立造船との共同研究、イオン輸送部分に関しては住友重機械工業との共同研究を進め、今年(2023年)3月にレーザー駆動イオン入射装置の原型機の組み上げが完了し、6月には世界に先駆けて原型機の統合試験を開始した。

 今回は、稼働したレーザー駆動イオン入射装置の原型機を用い、レーザー装置、イオン加速部分、イオン輸送部分の最適化を図り、量子メスに搭載する最終的なイオン入射装置のデザインを進行する。実証機の製作に必要なデータが集まることが期待され、量子メス開発はいよいよ最終形の設計に向けて大きく前進する予定である。

(編集部)

  • ※1 炭素イオンをシンクロトロンに入射するために必要なエネルギーまで予備的に加速する装置で、従来のシステムではイオン源と線型加速器で構成される。イオン源はメタンガスから炭素イオンをつくり出す
  • ※2 炭素イオンを円形軌道上で周回させて(数百万回/秒)、治療に必要なエネルギーまで高周波で加速する装置