睡眠不足は心身の健康に悪影響を及ぼす。先行研究では、就寝時刻の先延ばし(夜更かし習慣)が睡眠時間の減少と強く関連することが示されている。しかし、臨床において患者の夜更かし傾向を定量的に評価することは容易でない。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所睡眠・覚醒障害研究部の羽澄恵氏らは、就寝時刻先延ばし傾向の評価尺度であるBedtime Procrastination Scale(BPS)日本語版を開発。精度を検証した結果、「われわれが作成した日本語版BPSは、十分な妥当性と信頼性を持つことが確認された」とBMC Psychol2024; 12: 56)に報告した。

オンライン横断調査で精度を検証

 適切な時刻に就寝し、十分な睡眠を取ることは心身の健康維持に重要だ。慢性的な睡眠不足および睡眠相後退は、糖尿病肥満、循環器疾患をはじめ、大うつ病性障害などの精神疾患リスクとの関連も報告されている。さらに、睡眠不足は認知機能や感情制御の阻害を介し、社会への適応困難に影響するとされ、個人の健康だけでなく社会経済学的な観点からも問題となっている。(関連記事:「睡眠リズム障害を知って!当事者医師が訴え」)

 睡眠時間減少の関連因子として、就寝時刻の先延ばしが報告されている。63カ国・73万人超を対象とした研究によると、日本は他国に比べ就寝時刻の先延ばしが睡眠時間の減少、クロノタイプの夜型化と強く関連しており、特に睡眠時間は著明に短かった(Nat Commun 2022; 13: 7697)。

 BPSは、オランダ・Utrecht UniversityのFloor M. Kroese氏らが開発した就寝時刻先延ばし傾向の指標である。9つの質問から成る自己報告式アウトカム尺度(各問1~5点、高いほど重症)で、対象の主観的な就寝時刻先延ばし傾向を定量評価する(Front Psychol 2014; 5: 611)。

 しかし、BPSには日本語版がなく国内での臨床利用は容易でない。そこで羽澄氏らはKroese氏の許諾の下、日本でのBPS普及を目的として日本語版の開発研究を実施した。患者報告アウトカム尺度のシステマチックレビューのための包括的な方法論的ガイドライン(COSMINガイドライン)に基づき、英語版BPSの翻訳、逆翻訳を行った上で、睡眠不足症候群(ISS)の診断または治療経験がある患者100例を対象としたウェブアンケートで文章の明瞭さと理解のしやすさを確認。睡眠専門医による文章の推敲を繰り返し、日本語版BPSを作成した。

 次に、日本語版BPSの妥当性と信頼性を検証するため、ISS以外の睡眠疾患がない20~65歳の日勤労働者を対象にオンライン横断調査を実施。性、年齢、セルフコントロール尺度の短縮版(BSCS:13項目、各1~5点、高いほど良好)、先延ばし尺度(GPS:20項目、各1~5点、高いほど重症)、ミュンヘンクロノタイプ質問紙(MCTQ)、睡眠関連因子(就業日の睡眠時間、1週間当たりの倦怠感または睡眠不足を感じる日数)について回答してもらった。なお、1週間当たりの労働日数が4日未満、労働時間が日によって異なる者は除外した。

 574人(検査群:女性50%、年齢中央値45歳、BSCS中央値36点、GPS中央値34点)から有効回答を得た。さらに再検査信頼性を検証するため、14日後に参加者の半数に対し同じ質問を行い280人から有効回答を得た(再検査群:同48.6%、37点、34点)。BSCS、1週間当たりの倦怠感および睡眠不足を感じる日数を除き、両群に同等性が認められた。

原版から1項目除外で適合度向上

 日本語版BPSの構造的妥当性を検討するため確認的因子分析を行った結果、モデルの適合度が不十分であった。そこで、因子負荷量が小さい原版の項目2「翌朝早く起きなければならないときは、早く寝る(反転項目)」を除外したところ、モデルの適合度が向上し、十分な再検査信頼性や内的一貫性を有することが示された(Cronbach's α=0.87、McDonald's ω=0.87 )。以上を踏まえ羽澄氏らは、原版から項目2を除いたものを日本語版として採用した()。

表. 日本語版BPSの概要

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(国立精神・神経医療研究センタープレスリリースより)

 日本語版BPSスコアは、原版およびMCTQの睡眠関連変数と有意に関連し、日本語版BPSスコア高値は睡眠時間の短さ、睡眠相後退、睡眠不足傾向などと有意に関連した。また同スコアが高い者は終業時刻が遅く、就寝時刻を先延ばしすることへの抵抗感が弱い傾向が見られた。

 これらの結果から、同氏らは「不眠や睡眠相後退の背景にあり、寝付きを悪化させる就寝先延ばし傾向を定量的に評価する日本語版BPSを作成した」と結論。「今後は日本における就寝先延ばし傾向の疫学的調査を実施し、種々の睡眠疾患との関連を研究していきたい」と展望している。

(小田周平)