女性アスリート健康支援委員会 宮嶋泰子、女性アスリートを大いに語る
「出産後の子どものケアは誰が」
~遅れている日本の社会環境~ ―女性トップ選手の苦心・奮闘を密着取材 宮嶋泰子氏―(2)
テレビ朝日でアナウンサー、キャスター、ディレクターとしてスポーツ報道やニュース番組で活躍し、計19回の五輪現場取材を通じて多くの内外有力選手を密着取材してきた宮嶋泰子さん(一般社団法人カルティベータ代表理事)に、女性特有の悩みを抱えながらも世界の頂点を目指してトレーニングに励んだ女子トップ選手の知られざる苦心・奮闘ぶりを語っていただきました。スポーツドクターの先駆けとして長年活動され、国立スポーツ科学センター長なども歴任された「一般社団法人女性アスリート健康支援委員会」の川原貴会長にオブザーバーとして参加していただきました。
―日本の女子選手の場合、自分の体調とか月経や生理とかをコーチや両親を含めた周囲に正直に言える環境にないと思いますが。
「中学、高校の時から学校の中にそういう仕組みや習慣がありません。だから学校の先生は、あまりケアをしてくれないし、指導者が男性だとなかなか心を割って話せないということは言えると思います。話が少し脱線してしまいますが、特に名門私立と言われる強豪校では、高校同士で競争しているからか、平気で『鉄剤を注射してこい』と言ってしまう高校の指導者がいます。日本陸連がどれだけワーニングを出そうと、医師と結託して平気でやっている人がいるんですね。それを取材したことがありまして、『ある病院に鉄剤を打ちに行ったら、何と有名な選手もいて、びっくりしました』と匿名で証言してくれました。勝つことを優先している学校で、個人の生理について指導者がきちんと把握し、指導しているとはとても言えない状況ですね」
ソウル五輪女子マラソン表彰式。(左から)リサ・マーチン、一人置いてカトリン・ドーレ
◇外国勢は妊娠・出産を上手に乗り越え、より強く
―海外の女性トップアスリートを知る上で、何かエピソードがあればお聞かせください。
「私は東京国際女子マラソンで、たくさんのことを勉強させてもらいました。海外の選手では、豪州のリサ・マーチンもカトリン・ドーレ(旧東ドイツ)も女の子を出産していましたし、ワレンティナ・エゴロワ(ロシア)もそうでした。彼女たちは妊娠・出産を上手に乗り越え、より強くなりました。82年に旧ソ連のゾーヤ・イワノワが優勝し、その後またイワノワが出場しました。大会前にインタビューした際に、『子どもがいる』と言うので、『前回優勝した時、子どもはいないと言っていましたよ。えっ、あの時、妊娠していたの』と聞くと、イワノワが顔を真っ赤にして『そうなんです。あの時は妊娠2~3カ月でした』と教えてくれました。当時、東ドイツで妊娠堕胎ドーピングが流行ったころでした。私、それかと思って、大変聞きにくい質問だったのですが投げてみると、『そうじゃなくて、妊娠に気付いてなかっただけなんです』と教えてくれました。妊娠が分からないまま優勝してしまうほど、女性の身体とスポーツはまだまだ未知の世界なんだなあと思ったものです」
2013年、スケート五輪代表選考会女子500メートルを終え、娘の杏珠ちゃんを抱く岡崎朋美さん
―マーチン、ドーレ、エゴロワの3選手は出産を経験して世界のトップで活躍されました。でも日本の選手では少ないですね。日本の環境では、出産までいくと引退しなければいけないという先入観が女性アスリートにあるのでしょうか。
「先入観もあるでしょうし、妊娠・出産したときに誰が子どもをケアしてくれるのかとか、そういう環境が日本では整っていません。それは社会的な問題と同じで、私がいつも言うのは『アスリートが抱えている問題は、社会が抱えている問題と同じですよ』と。働くお母さんたちが、『子どもが生まれたのはいいけれど、どうやって私は働きましょう』という問題と同じになります。そうなったときにアスリートの生活は合宿などで不規則なので施設に預けるだけでは済みません。実母が面倒を見てくれるケースが多く、義理の母だと頼めないというケースがほとんどだと思います。実は大変驚いた事例がありました。バンクーバー冬季五輪の2010年2月が終わった後、その年の12月にスピードスケートの岡崎朋美さんが出産します。彼女は14年ソチ五輪を狙っていたので、これからどうやってスケジュールを立ててママさんとして五輪に行こうかと計画を立てていました。スポーツドクターで産婦人科医のトップの先生に、『こういうときに、どういうトレーニングをしたらいいのですか』と取材をしたら、『日本には、そういうデータは全くありません』と言われました。この段階で、クリスチャンセンから遅れること何と30年です」
川原会長 今と違って、昔は女子選手は恋愛禁止みたいのがありましたね。日本のトップアスリートは妊娠・出産そのものがタブー視されていた時代もありました。
「バレーボールの山本(旧姓大友)愛さんが妊娠・出産したときに、どれだけ罵詈雑言が周りから起こったことか」
公開練習する大友愛さん
―日本の悪しき、古い体質ですね。スポーツに限らず、政治の世界でも、どの分野でも言えることです。周りの男性のサポート・理解、指導者のサポート・理解が、日本はあまりに立ち遅れています。
「だから日本はジェンダーギャップ指数で146カ国中116位という低い位置になっています。政治に女性が進出していないというだけでなく、給与の差とか、ありとあらゆるところで差が生じています。それに、働く女性は増えていますが、ほとんどがパートです。そういう意味でも、女性が置かれている地位が、この国ではあまりにも低いのです」
―スポーツの世界だけでなく、日本の社会全体の問題ですね。力のある女性が上がっていけないのはおかしな話だと思います。
「若い人の登用、それが日本は少ないです。フィンランドは30歳代の女性の首相です。5年くらい政治活動をしていたら、『はい次の党首はあなた』みたいな感じで指名されたそうです。日本と違って年齢や性別に対する偏見がない。すごいですよね」
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