女性アスリート健康支援委員会 問題意識のない現場~医師の立場から

陸上中長距離の選手に無月経の症状
~まだまだ不十分な生理への理解~
―札幌厚生病院の三国雅人医師―(2)

 北海道の女性アスリートを心身両面で支援する「女性アスリート健康サポート北海道」の立ち上げに尽力した札幌厚生病院婦人科・生殖内分泌科部長の三国雅人医師。立ち上げに至るまでの苦労や現状などについて話していただきました。聞き手は、スポーツドクターの先駆けとして長年活動されてきた一般社団法人「女性アスリート健康支援委員会」の川原貴会長です。

2010年バンクーバー五輪の応援に入る三国医師

2010年バンクーバー五輪の応援に入る三国医師

 ―三国先生が診られた選手ではどういう症状が多いですか。

 「高校生、大学生の中長距離の選手は無月経ですね。監督さんではなく、クラスの担任の先生が、『授業中に寝たままでぐったりしている』ということで、選手と一緒に来られたこともありました。あとは短距離の選手などは月経痛だという方が多いですね。長距離の場合でも月経痛の方がいますが、どの競技・種目でも一部に片頭痛があってピルが使えないケースがありました。それ以外の人でも『ピルはちょっと』という方もいますね」

 ―中長距離の選手では無月経が多いというお話でしたが、指導者は無月経が問題だということをどれだけ認識しているのでしょうか。

 「指導者もあまり認識していないと思います。女性アスリート健康サポート北海道に所属しているスポーツ栄養士の方が高校を訪問した際に、指導者とけんか別れみたいになったこともあるそうです。『食事をちゃんとさせなければいけない。高校生だから成長させなければいけない』と言っても、なかなか受け止めてもらえません」

 ―指導者は『それでは勝てない』と言うでしょうね。

 「頭ごなしに休養して体重を増やすように言うと、二度と来なくなりますから、こちらから選手の側に行って、今は試合があるけれど将来的にはどうするかということを一緒になって考えてあげないといけません。医学的な知識から、ただ栄養取って休みなさいだけでは駄目ですね。小学生も出るような陸上の記録会からカーリングなども練習や試合の現場を見に行くことで、アスリート側の視点の理解に努めることも必要と思います」

 ―確かにそうですね。私は1989年から95年まで日本陸連の科学委員会にいたのですが、マラソンで金メダルを取るための強化策として高地トレーニングにも同行しました。女子が強くなっていた時期でもありました。指導者はスピードをつけるために選手を痩せさせる方向に持っていきます。一時的にはいいのですが、その後にいろんな問題が起きます。月経の問題、摂食障害、うつ病など。トップレベルではずいぶん理解が進んできたと思いますが、骨が完成するまでの十代、つまり中学生、高校生時代に無理をさせてしまうようなところはまだまだ改善していく必要がありますね。

 「診療の現場からの意見を言っても、なかなか理解してもらえません」

 ―中学、高校の指導者から言ってもらうことができればいいのでしょうね。

 「ところが私たちが思っている以上に、中高の先生方にそのことが分かってもらえていません。まずは広報活動から始めないといけないのかもしれません」

 ―スポーツ界は成功例や実績がないと信用してもらえません。困ったときに対応してあげて、うまくいくと初めて信用してもらえるということがあります。影響力のある指導者から言ってもらうことができればいいのですが。今後、三国先生としては具体的にどのように活動を進めていこうとお考えでしょうか。

 「北海道スポーツ協会の指導者研修会や各競技団体の指導者を対象にした講演会は増えてきています。女性アスリート健康サポート北海道としても、女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんを指導した大阪学院大学の山内武先生やアルペンスキーの五輪代表だった川端絵美さんに講演していただきました。ノルディックスキー複合金メダリストの阿部雅司さん、女子100メートル障害の元日本記録保持者、寺田明日香さんらにもお願いすることができました。女性アスリート健康サポート北海道のホームページに掲載されていますので、ご覧いただければ幸いです。ただし、まだ現場の理解が得られていないということがよく分かりましたので、啓発していくことを引き続きやっていきます。対象となる北海道の団体や組織に対して、女性アスリートに関わる問題はこういうものがあるということを改めてお知らせするところから始めていきたいと考えています」

2020年、ノルディック複合金メダリストの阿部雅司さん(左)と記念撮影

2020年、ノルディック複合金メダリストの阿部雅司さん(左)と記念撮影

 ―北海道はとても広いので、これだけでも大変ですね。

 「面積は九州の2倍、四国の4倍もあります。競技もスキーは上川、アイスホッケーは釧路とか地域性もあり、支援してくださる先生方の人数も各地域に決して多くはありませんが、何とかネットワークを構築してやっていきたいと思っています」

 ―指導現場の理解を得るためのご苦労など、まだまだ大変かとは思いますが、女性アスリート健康委員会としても北海道と情報交換しながらやっていきたいと思います。本日はありがとうございました。(了)

 三国雅人(みくに・まさと) 札幌厚生病院婦人科・生殖内分泌科部長。1988年、北海道大学医学部卒業。医学博士。日本産科婦人科学会産婦人科専門医・指導医。日本生殖医学会認定生殖医療専門医・指導医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。日本医師会認定健康スポーツ医。日本パラスポーツ協会公認障がい者スポーツ医。日本トレーニング指導者協会認定トレーニング指導者。北海道スポーツ協会スポーツ科学委員会委員。女性アスリート健康サポート北海道理事・幹事長、北海道カーリング協会指導普及委員会委員。60歳。札幌市出身。

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