精神的なつらさを紛らわせ、多幸感を得るために市販薬を大量摂取するオーバードーズ(OD)を行う若者が急増していることをご存じだろうか。SNS上ではODのワードとともに「嫌なことを忘れられる」、「つらくてたくさん飲んでしまった」といった書き込みが見られ、周囲からの共感や承認に価値を見いだしている場合もある。こうした若者たちをむしばむODが蔓延する背景には、致死量の成分を含んだ医薬品が簡単に入手できる制度上の問題もあるという。日本医師会常任理事の宮川政昭氏はODの現状について6月7日の定例会見で報告。「まずは若者を含め全ての国民に一般用医薬品乱用の危険性を知ってほしい。今後は販売制度の枠組みについても検討が必要」と述べた。

60人に1人が過剰使用

 国立精神・神経医療研究センターが全国80校の高校生4万4,789人(分析対象は4万4,613人)に対して行った調査では、過去1年以内に市販の咳止めやかぜ薬を乱用目的(治療目的ではなく)で使用したことがあると答えた高校生は約60人に1人(高校生全体の1.57%、推計値)だったという(薬物使用と生活に対する全国高校生調査2021)。

 また、全国の精神科医療施設で薬物依存症の治療を受けた10歳代患者の原因薬物において、市販薬の割合が急増していることが分かった(図1)。

図1. 全国の精神科医療施設で薬物依存症の治療を受けた10歳代患者の「主たる薬物」の推移

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乱用の恐れのある医薬品、対応は登録販売者で説明も努力義務

 こうした現状の背景には「医薬品の分類、販売における制度上の問題がある」と宮川氏は説明した。

 医療用医薬品や要指導医薬品、第1類の一般用医薬品の販売に対応する専門家は「薬剤師」、患者・購入者への情報提供は「義務」として定められているのに対し、第2、3類の一般用医薬品を販売する際に対応する専門家は「薬剤師または登録販売者」、患者、購入者への情報提供は「努力義務」とされている。乱用の恐れのある医薬品は、その多くが一般用医薬品の第2類に該当するため「危険性のある医薬品が、薬剤師からの情報提供なしで購入できることがそもそもおかしい」と同氏は言う。

 乱用の恐れのある医薬品を購入、または譲りうける場合には他店で購入あるいは既に所持していないかなどを確認すること、原則1人1包装のみ販売すること、購入者が若年者(高校生、中学生など)である場合にはその氏名や年齢、使用状況を確認することなどが法律で定められているが、これらが確実に行われているかは定かではない。実際、こうした医薬品を複数個購入しようとした際の対応について、適切に行われたと答えたのは薬局で85.2%、店舗販売業81.9%、インターネットでは67.0%しかなかった(厚生労働省「令和3年度医薬品販売制度実態把握調査」)。つまり、容易に手に入る可能性が高いことがうかがえた。

1箱で致死量に至る医薬品が簡単に入手可能

 また、海外に比べて日本の一般用医薬品は配合剤が多いことも乱用が蔓延する一助となっている。一般用医薬品による救急搬送事例調査によると、一般用医薬品摂取患者の摂取した製剤の種類は総合感冒薬が29%で1位だった。致死量摂取例の摂取した医薬品の成分を見ると、カフェインが46%、アセトアミノフェンが43%を占め、分類別では第2類が54%、第3類は46%だった(日本臨床救急医学会雑誌 2020; 23: 702-706)。宮川氏は「一般用医薬品の過剰服用による危険性について薬剤師や登録販売者の知識の欠如が考えられる。カフェインやアセトアミノフェンの危険性については認識していない場合が多いのではないか」と述べた。

 さらに第2、3類医薬品においては大量包装の製品が存在し、例えばアセトアミノフェンは1箱で致死量に達する製品もあると同氏は紹介した()。

表. 1箱で中毒量・致死量に至る製品パッケージ調査(2021年3年6月8日時点)

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(図、表とも日本医師会提供資料)

付け足しの制度で齟齬が生まれた可能性

 これらを踏まえ、宮川氏は「第2、3類医薬品の過剰服用が問題になっていることを、学校医や学校薬剤師、養護教員だけではなく全ての教員、そして国民全員が認識する必要がある」とし、さまざまな規制に先立ってまずは現状の正しい認識が重要だと強調した。

 一般用医薬品の分類と販売方法について「医薬品の提供については薬剤師が行うと薬剤師法で定められたが、その後、登録販売者という資格が設けられた。こうした経緯の中で繰り返し付け足された制度によってさまざまな齟齬が生まれた可能性があるため、必要に応じて枠組みを整備しなければならない」と同氏は指摘する。

 米国では原則として一般用医薬品は成分が単独で、購入者が内容を理解して購入できるようになっている。また、依存性のある成分を含む医薬品は基本的にインターネットで買うこともできない。同氏は、「依存性のある薬品の販売については、米国のように一定程度の規制を設け、乱用の恐れのある医薬品については少包化や販売規制の検討をすべき」との考えを示した。

(平吉里奈)