「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

なぜ、ワクチンは痛いのか
~化粧品アレルギーに注意、体調不良は回避を~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第19回】

 5月に入り、国内では高齢者の新型コロナワクチンの接種が始まっています。医療従事者の接種は2月から行われていますが、接種を受けた人からは「痛かった」「熱が出た」などの訴えも数多く聞こえます。現在、日本で使われているファイザー社のmRNAワクチンは効果が高い一方で、軽度な副反応の頻度も高いようです。そこで、こうした副反応がなぜ起こるのか、また、それにどう対処したらいいかを解説しましょう。

ワクチンが吸引された注射器=左=とワクチンの入った瓶

ワクチンが吸引された注射器=左=とワクチンの入った瓶

 ◇新しい技術で開発されたワクチン

 近代的なワクチンは英国のジェンナーによって1796年に開発されました。彼は天然痘のワクチンとして牛痘に注目し、この病気にかかった牛の膿汁を健康な人に接種したところ、天然痘の予防に成功したのです。これが生ワクチンの始まりでした。

 19世紀になると感染症の病原体が次々と発見され、病原体を殺して接種する不活化ワクチンという技術が考案されます。その最初の成功例が、1885年にフランスのパスツールが開発した狂犬病ワクチンでした。

 その後、20世紀には数多くの生ワクチンや不活化ワクチンが開発され、多くの感染症が撲滅されていきます。そして、今回の新型コロナウイルスのワクチン開発に当たっては、今までとは全く別のmRNAワクチンという技術が用いられました。すなわち、約100年ぶりに新しい技術で開発されたワクチンなのです。

 ◇ウイルスの遺伝子を接種する

 mRNAワクチンは新型コロナウイルスの遺伝子を接種して、ヒトの体内でウイルス抗原を製造する方法が取られます。具体的には、腕に接種された遺伝子が、接種部位の筋肉細胞でウイルス抗原を作ります。この抗原が筋肉細胞の表面に出てくると、免疫細胞がそれを異物として記憶します。免疫細胞が記憶状態になっていれば、次に新型コロナウイルスが侵入しても、直ちにウイルスを排除することができるのです。

 遺伝子を接種すると聞くと「他の細胞にも影響しないか?」と心配する人もいるでしょうが、接種部位以外の遺伝子は体内からすぐに除去されます。また「遺伝子の入った筋肉細胞は大丈夫か?」という点も心配は要りません。筋肉細胞は一時的にウイルス抗原を表面に出しますが、間もなく抗原は消失し、筋肉細胞も接種前の状態に戻ります。

 ◇予防効果が高い理由

 mRNAワクチンはファイザー社だけでなく米国のモデルナ社も製造しており、今後、日本では二つの製剤が流通することになります。この二つのワクチンは効果を及ぼす仕組みが基本的に同じであり、効果や副反応についても大きな違いはありません。また、いずれも3~4週間隔で2回の接種(筋肉注射)が必要です。

 二つのワクチンについては、90%以上という大変に高い発症予防効果が見られます。インフルエンザワクチン(不活化ワクチン)では34~55%ですから、その倍近い効果があると言ってもいいでしょう。

 では、なぜ、ここまで高い効果があるのか。私は、ウイルス抗原が体内で作られることにより、免疫細胞の記憶に十分な刺激が与えられるためと考えます。

成田空港に到着したワクチン

成田空港に到着したワクチン

 ◇アナフィラキシー、化粧品アレルギーの女性は注意

 一方、副反応で重篤なものとしては、アナフィラキシーという重症のアレルギー反応がまれに起こります。この頻度は、国内でファイザー社のワクチン接種を開始してから、100万回で30~40例とされています。インフルエンザワクチンの場合は100万回に5例ほどですから、それに比べると頻度は高いですが、ファイザー社の製剤でアナフィラキシーを起こした国内例は、ほとんどが回復しています。

 アナフィラキシーの原因物質としては、ワクチンに含まれるポリエチレングリコールという脂質成分が想定されています。ワクチンの主成分であるmRNAは人体内で壊れやすいため、脂肪の膜に包んで接種します。この膜の成分の一つがポリエチレングリコールですが、下剤や化粧品に含まれていることがあります。このワクチンのアナフィラキシーは女性に多く、過去に化粧品アレルギーを起こしたことがある人は、注意をするようにしてください。

 ◇接種部位の痛みや発熱は高頻度

 局所反応や発熱などの軽い副反応は、高頻度に起こります。

 医療従事者の接種が開始された2~3月に、約1万9000人の副反応調査が行われました。この調査によると、接種した部位(腕)の痛みは90%以上に起こり、接種翌日に強く見られました。また、発熱は1回目の接種後は3%と少なかったのですが、2回目の接種後は38%と高率で、こちらも接種翌日に多く見られました。こうした副反応は女性や、若い世代に多い傾向でした。なお、これらの副反応は接種後1週間ほどで軽快しています。

 このように接種部位の痛みや発熱が頻繁に起こる理由はどこにあるのでしょうか。こうした症状が接種直後ではなく、接種翌日に強く出ることから、筋肉注射などによる直接の影響ではなく、免疫細胞が抗原を記憶する時点の反応によるものと考えられます。筋肉細胞で作られたウイルス抗原が免疫細胞を強く刺激することにより、高い予防効果が生じる一方で、それに伴って痛みや発熱などの副反応が起こるのでしょう。

 ◇体調が悪いと副反応起こしやすく

 医療従事者への副反応調査では、接種後の鎮痛解熱剤の使用状況も調べています。それによると、接種を受けた人の13%がアセトアミノフェンなどの鎮痛解熱剤を服用していました。

 このようにmRNAワクチンは、接種後に接種部位の痛みや発熱を起こしやすいため、症状が見られたら早めに鎮痛解熱剤を服用することをお勧めします。薬剤の服用により、ワクチンの効果が弱くなったり、副反応が悪くなったりすることはありません。

 ただし、高齢で寝たきりの状態になっている人は注意してください。こうした人は、発熱により全身状態が悪化することがあるため、接種後に症状があれば医師の診察を受けることをお勧めします。また、接種前に体調が悪いと副反応を起こしやすくなるので、接種を延期することも検討してください。

 日本で接種が始まっているmRNAワクチンは、100年ぶりに登場した新しい技術のワクチンです。効果は高く、このワクチンの接種を多くの人が受けることにより、新型コロナウイルスの流行が収束していくものと予想されます。その一方で、一定の割合で副反応も生じることから、その対策も十分に準備した上で、接種を受けるようにしましょう。(了)


濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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