褥瘡は寝たきりの高齢者などに好発し、難治性で強い痛みを伴うためQOLの低下を招く。予防・治療として定期的な体位変換や体圧の分散、スキンケアなどが行われるが、発生予防や治癒を早める治療薬はない。群馬大学大学院皮膚科学講座の井上裕太氏、講師の内山明彦氏、教授の茂木精一郎氏らは、金沢医科大学総合医学研究所生命学研究領域細胞医学研究分野教授の岩脇隆夫氏、米国立衛生研究所傘下の米国立関節炎・筋骨格・皮膚疾患研究所(NIAMS)との共同研究により、褥瘡の発生および増悪の機序について検討。表皮細胞の転写因子SOX2が褥瘡の発生抑制に関わることを明らかにしたとJ Invest Dermatol(2023年7月27日オンライン版)に発表した。

SOX2の過剰発現で褥瘡が縮小

 SOX2は遺伝子の発現を調整する転写因子で、幹細胞の制御に関与している。NIAMSの先行研究により、口腔粘膜上皮に発現するSOX2が口腔内創傷の早期治癒に関連することが示されているが、褥瘡の病態におけるSOX2の役割については解明されていない。

 そこで井上氏らは、表皮細胞におけるSOX2が褥瘡に及ぼす影響について検証。褥瘡を形成したモデルマウスを用いた実験を行ったところ、褥瘡発生部位では酸化ストレスにより一時的に表皮細胞上でSOX2発現亢進が観察された。表皮細胞で特異的にSOX2を過剰発現させた遺伝子組み換えマウスと対照マウスの皮膚をマグネットで圧迫して潰瘍(褥瘡)を生じさせ、経時的な変化を比較したところ、遺伝子組み換えマウスで褥瘡の有意な縮小が認められた()。

図. 褥瘡サイズの変化

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(群馬大学プレスリリースより)

 さらに、SOX2による褥瘡の病態制御の機序を解明するためマウスの褥瘡発生部位における変化について検討。対照マウスと比べ遺伝子組み換えマウスでは、好中球やマクロファージなどの炎症細胞数の減少や炎症性サイトカイン(iNOS、TNFα)の発現抑制、低酸素領域および血管傷害の軽減が見られた。酸化ストレス応答因子である転写因子Nrf2シグナルの亢進や、成長因子AREG、抗酸化因子ヘムオキシゲナーゼ(HO)-1の発現増加も観察された。さらに、マウスに組み換えAREG蛋白を局所注射したところ、褥瘡の縮小が観察された。

 以上から、同氏らは「酸化ストレスにより褥瘡部位の表皮細胞で一過性に発現が亢進したSOX2は、Nrf2シグナルの活性化を増強および抗酸化作用を有するAREGなどの産生を介して活性酸素種の産生を抑え、アポトーシスや炎症性サイトカイン産生による組織障害を軽減して褥瘡形成を抑制する機序を解明した」と結論。表皮細胞におけるSOX2の発現増加や組み換えAREG蛋白の局所注射により褥瘡が改善したことから、「AREGを標的とした注射薬や外用薬の開発など、新たな褥瘡治療の開発につながる可能性がある」と展望した。

栗原裕美