自然災害などの発生後も業務を続けられるよう事前に定める業務継続計画(BCP)。2024年度からは、新たに介護サービス事業所に策定が義務付けられる。東京電力福島第1原発事故の発生時、福島県双葉町にあった特別養護老人ホーム「せんだん」の職員として災害対応の前線にいた岩本美智子さん(50)は「施設での備えは急務だ」と強調。「自身の経験を教訓として伝えたい」と、語り部として活動する。
 当時、せんだんには自力歩行はできるが判断力が低下している人や、車いすで生活する人など支援レベルの異なる高齢者らが入所していた。11年3月11日の東日本大震災でも建物は無事で、津波被害もなかった。
 「想定外」が起きたのは、翌12日。早朝からバスが続々とやってくる様子を見て「原発に何か起きたのか」と頭をよぎった。状況が分からないまま正午になって、施設にいた入所者や職員100人以上が避難を勧告された。
 「全員が同じ場所に避難できない。どこに行ってもいいように」と入居者の胸元に名前を書いた粘着テープを貼り、職員の車にはそれぞれ薬や非常食などを積み込んで町から指定された同県川俣町を目指すことに。
 6グループに分かれ、岩本さんら数人の職員は入所者13人を連れて川俣小学校に到着。介護用品は積んでいなかった。「所持金もなく、一緒に避難した母が現金を渡してくれた。購入制限がある中、歯ブラシやおむつを買えるだけ買った」。
 介護支援専門員(ケアマネジャー)として事務の業務も担っていた岩本さん。入所者家族に連絡し引き渡しを試みたが、「こちらもそれどころではない。よろしく頼む」と断られた。県内の別施設への受け入れも介護者同伴を条件とされるなど困難を極めた。「当時はみんなが被災者。長引くにつれ世話をする職員の数も減っていった」。
 厚生労働省は21年度介護報酬改定で、24年4月から災害や感染症に備えたBCP策定を全ての事業者に義務付けることを決めた。
 元日に発生した能登半島地震では断水などで施設運営が困難なケースもあった。「避難が長引いたときの想定も必要」。岩本さんはBCPの重要性を説く。必要な備品や使える車の数、出勤できる職員の人数など想定事項は多岐にわたるが、「BCPは作るだけでなく、対応する現場に周知し、実践と点検を繰り返してほしい」と訴える。 (C)時事通信社