2024/11/13 05:00
「おひとりさま」の効用~ポジティブな孤独
吉本信行(よしもと のぶゆき)
ジャズ音楽家。1957年福岡県田川郡生まれ。30代からジャズのコントラバス、ギター奏者として日本各地のライブハウス、イベントなどで演奏。ニューヨークでCDをレコーディングするなど計5枚のCDを発売し、ジャズ雑誌などで高い評価を得ている。2013年に両耳失聴となるが、人工内耳手術を経てトレーニングを積んで復活。16年に米国で刊行された、聴覚障害を持つ音楽家を紹介した本「Making Music with a Hearing Loss」では、ジャズミュージシャンでは世界でただ1人と紹介される。現在、ジャズクラブ「下関バンドワゴン」を経営するかたわら、国内外の聴覚障害者イベントやライブハウスなどで演奏活動を続けている。
吉本 健聴者の方は起きていれば、どんなに耳をふさいでも必ず何か音は聴こえます。さらに、完全な防音室に入って、外の音が全く聴こえない状態にしたとしても、自分が声を出せば、その声が自分の頭蓋骨を通して内耳に伝わり聴こえます。
私たち完全なろう者は自分の声さえ全く聴こえないのです。内耳が死んでいるからです。自分の声も聴こえないということは、しゃべることもできないのです。声を出すと、聴こえないばかりか、声帯から発する振動だけが頭蓋骨に伝わり、気分が悪くなります。
何も聴こえなかった数年間は、しゃべることもできないので、人と会うのが嫌になり、だんだんネガティブになっていきました。何も聴こえないだけでなく、激しい耳鳴り、めまいに襲われるのです。これが、耳が完全に聴こえないという状態です。
吉本 それだけではありません。今まで音楽を聴いて、演奏して楽しんでいたのにそれもすべて失いました。気持ちはどん底です。私はジャズを演奏するだけでなく、ジャズを聴かせる店を経営しているのですから、人生すべてを失ったような気持ちでした。
人とのコミュニケーションが難しいため、いろんな悩みもでてきました。自分が言いたいことがうまく伝わらないことのもどかしさ。しかしどうしようもありませんでした。
海原 怒りは感じなかったですか?
吉本 怒りは全くありませんでした。自分の不徳の致すところと言い聞かせたからです。なので、この状況を受け入れるしかない、これが自分の運命なのだと言い聞かせました。もう音楽をやることも聴くこともない、ましてや再スタートするなんて思ってもいませんでした。
しかし、両耳失聴して半年後ぐらいには、もしかしたらまた音楽ができるかもしれないと思って、人工内耳の手術に向かおうと思いました。
海原 そういう気持ちが湧いてきたきっかけは何だったのですか?
吉本 きっかけは、ドクターから「ろう者でも聴こえを取り戻す人工内耳という手術がある」と教えてもらったことです。音楽を聴くことはできないが、会話の補助にはなると教えてくれました。
それまで、(リズムを体感できる)振動メトロノームを使って楽器を触っていたけれど、振動メトロノームでは微妙なズレを感じていました。やはり耳でピンポイントで音を聴かないとリズムトレーニングは難しい、と、苦境に立たされていました。人工内耳なら、音楽や演奏は聴こえなくても、メトロノームの音は聴こえるはずだ、と。
吉本 その通りです。下関バンドワゴンのお客さま、そして、レコーディングなどを通じて長年一緒にやってきたジャズミュージシャン仲間たちが、両耳全く聴こえなくなった私を応援サポートしてくれました。ライブも人工内耳手術前から何度もしました。
ライブでは、私が目でリズムやフレーズを感じ取れるように、ミュージシャン仲間がオーバーアクションで伝えてくれました。そして、そんな無謀なライブを、下関バンドワゴンのお客さまは一生懸命聴いてくれました。私はたくさんの拍手をいただいたのです。
今考えてみると、ひどい演奏だったろうなと思います。しかし、それでも、下関バンドワゴンの仲間たち、一緒にやってきたミュージシャンの仲間たちは、文句一つ言わず私と演奏してくれました。本当に感謝の限りです。
人工内耳によって、音楽演奏は聴こえないながらも、音が出ていることだけは分かります。どんな音なのか、どんなメロディーなのか、それは全く分かりませんが、音が出ていることだけが分かれば、演奏の目安にはなります。
失聴してからは音楽を聴くことができないので新曲は分かりませんが、失聴前にたくさんのジャズを頭の中に詰め込んでいました。それをメトロノームでいかに引き出していくか、というトレーニングが、人工内耳のおかげで可能になりました。
人工内耳手術は開頭手術です。はっきり言って嫌なものです。しかし、下関バンドワゴンの仲間たち、ミュージシャンの仲間たちが、後押ししてくれました。本当に皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。
海原 吉本さんの演奏をYouTubeで聞かせていただきました。演奏することの喜びが生きる喜びにつながることを感じさせる素晴らしいものでした。ご一緒にまた演奏したいですね。ありがとうございました。
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