人工内耳〔じんこうないじ〕 家庭の医学

 高度感音難聴の先天性ならびに後天性の患者に聞こえを獲得させる手術的治療です。
 ただし、聾唖(ろうあ)の人のように、先天性の高度難聴で補聴器の効果がない人は対象外です。

■人工内耳のはたらき
 高度の感音難聴では、蝸牛(かぎゅう)のコルチ器にある音を感じるセンサーである2種類の感覚細胞、すなわち内有毛細胞(約3500個)と外有毛細胞(約1万2000個)がわずかしか残っていません。内有毛細胞は、蝸牛神経(約3万本)を介して脳へ聴覚の情報を伝える重要な役割を果たしています。重度の感音難聴で内有毛細胞がわずかになってしまっても、蝸牛神経の大半は存在しています。人工内耳は音を電気信号に変換し、これを手術で蝸牛に埋め込んだ電極に伝え、コルチ器の感覚細胞に代わって蝸牛神経を電気で刺激して音を聞かせる装具です。
 蝸牛は前庭階、中央階、鼓室階の3つの階に分かれ、コルチ器は中央階にあります。人工内耳の電極は鼓室階に挿入されます。蝸牛神経はコルチ器の近くにありますが、人工内耳の電極は、できるだけ神経に刺激が伝わりやすいように埋め込まれます。

■人工内耳のしくみ、外部装置と内部装置
 人工内耳は、体外に装着する外部装置と手術で埋め込まれる内部装置でできています。外部装置は、①耳かけマイク、②スピーチプロセッサー、③送信コイル、④磁石、⑤電池の5つの部分からなります。話し声や音楽や環境音を耳かけマイクでキャッチし、この音をスピーチプロセッサーでアナログ・デジタル変換し、送信コイルへ送ります。
 内部装置は、①受信コイル、②電極、③磁石からなります。デジタル信号に変換され送信コイルへ送られた信号は、頭皮を介して電磁誘導で頭皮下に埋め込まれた受信コイルに伝えられます。受信コイルのまん中にある磁石は、外部装置の送信コイルの磁石と強くくっつくようにしてあります。送信コイルがはずれないようにするためです。受信コイルのサイズは500円玉ほどの大きさと厚さです。受信コイルからの信号を伝える電線の先端部分が電極になっています。
 電極は特殊な場合を除き、蝸牛の鼓室階に挿入されます。鼓室階に入った電極は蝸牛の軸に存在する蝸牛神経を刺激します。こうして神経信号は蝸牛神経から脳幹、中脳の下丘を通り、左右の大脳半球の聴覚中枢に届き、言語中枢でことばとして理解されます。

■人工内耳の手術について
 後天性難聴の場合は、難聴が起こってからできるだけすぐに手術をすることがすすめられます。早ければ早いほど人工内耳は有効です。高齢者にも可能です。
 先天性難聴の場合、脳が音の刺激を受け入れることができ、ことばが発達する初期に手術をおこなうほど効果があることが知られています。ことばの発達の時期を過ぎると、いくら刺激を与えてもことばを聞きとり、ことばを話す能力は発達しません。
 最近では手術の幼少化が進み、ほかの国と同様にわが国でも1~2歳で多くの手術がおこなわれるようになりました。蝸牛の大きさは新生児も成人も変わらないので、生後1歳(体重8kg以上)でも手術が可能です。手術後のケア、手術の安全性、乳幼児スクリーニング聴力検査などが進歩すれば、多くの難聴児がより早い時期に手術が可能になると予想されます。

(執筆・監修:東京大学大学院医学系研究科 教授〔耳鼻咽喉科・頭頸部外科〕 山岨 達也
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