「医」の最前線 AIと医療が出合うとき
AIを用いた医用画像の多面的解釈
~肺がん検診画像の価値を拡大する新技術~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第19回】
近年のAI関連技術の発達により、あらゆる医用画像について、その解釈の幅が飛躍的に拡大しつつある。より正確に、より早期に特定の何かを検出するだけではなく、ある疾患を診断またはスクリーニングするために撮影され、読影を経て、当初の役目を終えた画像に対してAIを用いることで、人間の目には識別が困難な他疾患や異なる病態、リスクの自動検出を付加的に行おうとする事例が多く報告されるようになった。これは、ある意味で従来型の画像検査からのパラダイムシフトでもあり、広く撮影される画像を再利用し、多様な解釈を加えることで、本来得られなかったはずの疾患リスク検出や早期発見が大規模に期待できる可能性がある。今回は、特に肺がん検診における画像の追加的利用に着目した研究事例に触れ、AIが医療にもたらす新たな価値を紹介したい。
胸部のCT画像(イメージ)
◇ 胸部低線量CTによる「死亡リスク予測」
米国予防医療専門委員会(USPSTF)は、長期の喫煙者など、特に肺がんリスクの高い50~80歳の市民に対して、胸部低線量CT(LDCT)を用いた年1回の肺がん検診を推奨している。これは、米国において実施されたNational Lung Screening Trial(NLST)、および欧州におけるDutch-Belgian randomized lung cancer screening trial(NELSON)の二つのランダム化比較試験によって、高リスク群に対するLDCT検診による肺がん死亡の減少効果が示されたという知見に基づく。
この肺がん検診で撮影されたLDCT画像を利用し、体組成評価を自動で行うAIアルゴリズムが提唱されている。米テネシー州ナッシュビルに本拠を置くヴァンダービルト大学などの研究チームは、2023年7月にRadiology誌から公開した研究論文の中で、NLSTデータの2次解析を行い、「LDCTに基づく体組成評価が全死因死亡の予測を有意に向上させる」などの成果を報告している(※1)。
AIアルゴリズムを用いて導いた、骨格筋や皮下脂肪組織の面積などを含む体組成測定値が、その後の肺がん死亡だけでなく、心血管疾患による死亡、全死因死亡などに対する予測モデルの性能を向上させていた。上記のように、LDCTは米国における肺がん検診の標準的な画像診断プロトコルに含まれるため、撮影機会ごとに追加的なリスク評価を行うことができる可能性を示しており、早期介入機会を広く提供し得る点でも研究成果の価値は非常に大きい。
喫煙により、肺がんの発症リスクが高まる
◇ 胸部低線量CTによる「将来の肺がん発症リスク予測」
米マサチューセッツ工科大学やマサチューセッツ総合病院(MGH)などの研究者らは、LDCT画像に基づき、現在の肺がんの有無ではなく、将来の肺がん発症リスクを予測するディープラーニングツールを開発した。研究成果は23年1月、Journal of Clinical Oncologyから公開されている(※2)。
研究者らは、やはりNLSTデータを利用し、LDCT画像単独から長期的な肺がん発症リスクを自動予測するAIツール「Sybil」を構築した。ツールは1年以内の発症について、NLSTの検証セットでAUC 0.92、MGHデータセットで0.86、台湾データセットで0.94という高精度を示していた。また、6年以内の発症というさらに長期の予測においても、それぞれAUC 0.75、0.81、0.80と、潜在的な臨床的有効性を明らかにしている。
LDCT画像には、肺結節のような人間の目にも識別可能な特徴以外にも、将来の肺がんリスクを予測する情報が含まれているという仮説を、本研究成果は支持するものとなる。画像撮影時以降、数年にわたる将来的な肺がんリスクを予測するアルゴリズムは、患者管理と肺がんスクリーニング実施戦略をさらに強化する可能性がある。またSybilは、受検者の属性データやその他臨床データを入力することなく、また放射線科医が画像上の関心領域に注釈を付ける必要もなく、LDCT画像が利用可能になると即座に、放射線科読影ステーションでのバックグラウンド処理として実行される実用性を持つ。
これら二つの事例は、肺がん検診に際して、まさに「AIを用いた医用画像の多面的解釈によって追加的な価値が提供される研究事例」と言える。このような米国の肺がんスクリーニング事情に沿った事例の一方で、日本での肺がん検診は40歳以上を対象に、胸部単純レントゲン撮影を基本検査として、重喫煙者には喀痰(かくたん)細胞診を追加するなどにとどまる。この住民検診(対策型検診)は、肺がん死亡率の減少効果が科学的に示されているが、一方でLDCTは日本ではあまり聞き慣れず、実際、対策型検診としてはまだ推奨されていない。この背景には、検査に伴う過剰診断や偽陽性などの不利益の存在、日本での実証的研究の不足などがある。また、日本を含むアジア各国では、肺がんの性質が欧米と異なる可能性が指摘されており、LDCTによる過剰診断率が大幅に増加する危険性をはらむ。精密検査へ進む基準の適正化や検診受診者の対象者設定に十分な検討が必要な状況にあり、LDCT画像を用いたこれらの追加的評価のインパクトが日本に広く届くのは、もう少し先のことになるのかもしれない。(了)
【引用】
(※1)Xu K, Khan MS, Li TZ, et al. AI Body Composition in Lung Cancer Screening: Added Value Beyond Lung Cancer Detection. Radiology. 2023; 308:e222937. doi: 10.1148/radiol.222937.
(※2)Mikhael PG, Wohlwend J, Yala A, et al. Sybil: A Validated Deep Learning Model to Predict Future Lung Cancer Risk From a Single Low-Dose Chest Computed Tomography. J Clin Oncol. 2023; 41:2191-2200. doi: 10.1200/JCO.22.01345.
岡本将輝氏
【岡本 将輝(おかもと まさき)】
米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。
(2023/08/21 05:00)
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