リスクの評価とリスクの管理

 リスクの議論においては、しばしば関係者の間で利害が対立し、どうリスクを管理するかという議論が先行しがちです。しかし、管理は正確な評価があってはじめて合理的なものになります。そしてリスクの評価にあたっては、とりあえずリスクの管理のことを離れて、できるだけ客観的に分析することが重要です。リスクの評価については、4つの段階があげられています。
 第1は、起こりうる被害の種類を同定することです。第2は、被害のそれぞれに対し、原因にどの程度の量曝露(ばくろ)するとどのくらいの頻度で発生するのかという量反応関係を調べること、第3の段階は、現実に人々が原因となる要因に曝露する量を測定または推定することです。第2と第3の情報をあわせると、最終的にどのくらいの被害が発生するのかを量的に推定することができます。これが第4の段階です。
 こうして得られたリスク評価の結果をもとにリスク管理の施策を決めるわけですが、リスク評価の結果でそのまま管理を決定するわけではありません。たとえば、自動車の増加は交通事故死の増加を招いています。2020年にわが国が保有する自動車は約8200万台でした。これに対して同じ年の交通事故死者(ほとんどが自動車事故)は約2840人。したがって、車3万台あたり、1人近く亡くなっていることになります。乱暴な議論では車を3万台減らせば、人が1人死なないですんだことになります。これも一種のリスク評価です。だからといって、リスク管理は単純に車を減らすということにはなりません。車のなかには救急車など直接人命を守るためのものもあれば、人間の生存のために必要な食料その他の生産や流通などの不可欠な目的で使われている車もあります。現在では車のない社会というのを考えることはできません。したがって、単純な交通事故についてのリスク評価だけでは管理は決められません。
 しかし逆に、車が生活に必要であるからといってリスク評価をないがしろにしたり、管理にあわせて評価を変えることは許されません。合理的な管理のためには、さまざまなリスクを評価し、また、経済性や代替の方法の可能性なども検討したうえで総合的に決定されるべきであり、その基礎になる個々のリスクの評価はいったん管理を離れて、あくまで客観的に、かつ、ていねいに行う必要があります。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)