リスクコミュニケーションと行動経済学

 社会でリスクの問題を取り扱うとき、科学的なリスク評価をおこない、合理的なリスク管理を定めれば終わりではありません。実際にそうした専門家や行政がリスクの取り扱いを定めても、それを受けとめ、そのもとに行動するのは社会一般の人々です。2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染の健康影響について、多くの専門家が発言し、マスコミでも多くの報道がありました。しかし、専門家のいうことは必ずしも一致せず、またその分野の権威といわれる人々の発言が必ずしも人々を納得させず、むしろ結果として間違った行動に人々をかり立てていたこともありました。そして2020~2021年の新型コロナウイルス感染症の大流行のなかでも、専門家と社会の関係が問題になっています。むろんそこには政治や経済の観点から、医学や自然科学からのリスク評価とリスク管理を受け入れたくない場合もあります。いっぽう専門家のほうも、実験室や狭い専門領域で考えた論理だけで人々や社会全体の動きが決められると考えてしまっている場合があります。そこで必要なのは「リスクコミュニケーション」の考え方です。リスクコミュニケーションはしばしば、専門家がその理論をしろうとである一般の人々にもわかりやすいことばや形式で伝えることと誤解されていますが、本当に必要なことはむしろ逆で、専門家が一般の人々の疑問や不安を受けとめ、なぜそう思い考えるかを一般の人々から学ぶことが大切です。
 別項でも述べるたばこの健康影響を例として考えてみましょう。たばこが健康に有害なことはもう議論の余地がなく、健康のためにはいますぐ禁煙すべきです。そのことは50年以上前からわかっていました。しかし、いまなおわが国では1700万~1800万人が喫煙をしています。それはその人たちがたばこの害を知らないためでしょうか。けっしてそうではありません。喫煙が健康に有害なことを喫煙者は非喫煙者と同じように認識しています。それでも人々はたばこを吸う。人間はけっして科学的な合理性だけで行動するわけではないのです。ではどうすればよいのか。実はたばこ会社の戦略を見ていればその答えが見えてきます。昔はともかく、現在たばこ会社はたばこが健康に有害であることを否定したりしません。行政指導の結果ではあれ、たばこのパッケージにも健康に有害であると書いてあります。ただムードあふれる場面や情景とあわせてたばこ会社名とロゴマークを流すテレビ広告は、たばこはよいとか害はないということなく、何となく喫煙者に、たばこはわるくない、たばこを吸いたい、という気にさせるのです。
 伝統的な経済学は人間が合理的な行動をするということを前提に、その行動を分析予測して経済理論を立ててきました。しかし、実際の人間は必ずしも合理的な選択をしないことが認識され、それを体系的に分析した学問として行動経済学が生まれてきました。2002年のダニエル・カーネマンに始まり、次々と行動経済学者がノーベル賞を受賞しています。そのひとり2017年に受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授の「ナッジ」理論は人々の健康づくりの面でも注目されています。「ナッジ」とはひじでつつくというような意味ですが、罰則や金銭的報酬を与えるのではなく、さりげなく人々を望ましい行動に向かわせることです。「ナッジ」の例として、男性トイレの飛び散り防止のための便器内のハエのマークが有名です。ノルウェーの空港ではハエのマークの便器導入後清掃費が半分になったそうですが、リスクを伴う行動をする人に対して、そうしてしまう理由を考えるとともに、その人たちが何気なく安全な行動をとれるようにするにはどうすればよいのかを考える必要があります。

(執筆・監修:帝京大学大学院 客員教授〔公衆衛生学研究科〕 矢野 栄二)