2024/12/04 05:00
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私が以前主治医として担当していた患者さんが、胃がんで亡くなりました。42歳でした。手術をした時、すでにがんはかなり進行しており、胃からがんがおなかの中にこぼれた「腹膜播種(はしゅ)」という状態でした。手術では治癒に至らない進行度「ステージ4」でした。術後、まだご本人が眠っている間に、私は上司とともに一足先に奥さまとお母さまに病状を伝えました。
説明の最中、奥さまは真剣な表情で私たちの声に耳を傾けていましたが、話し終わった途端に泣き崩れました。目の前で泣きながらお母さまと抱き合うその姿を、私は一生忘れることはないと思います。
彼はその後、何度も入退院を繰り返しながら、治療を続けました。彼はいつも前向きでした。病気に悲嘆することなく、自分を客観視し、自らを襲った胃がんという病気を懸命に学んでいるようでした。そして手術から約1年半後、彼は亡くなりました。
患者は見ている
亡くなったのちに、彼が手記を残していたことが分かりました。そういえば、入院中いつもパソコンに向かって熱心に何かを書いていたのが印象的でした。私はその手記を見て、驚きました。冒頭には、こんなことが書かれてあったのです。
「看護師には2種類の人がいる。気遣いナースとルーティンワークナースである。ボクが定義した名前だ」
◇彼が語る2種類の看護師
彼は2種類の看護師、つまり「気遣いナース」と「ルーティンワークナース」について語ります。
「気遣いナースは、病室に入ってくるやいなや、真っ先に見るのは患者の顔色である。点滴の残量ではない。看護師の基本的な業務より、まず『患者が今どうしているか』が気になるためだ。看護に対して情熱的であり、看護師の基本的な業務をこなせば十分だ、とは思っていない。ボクはそんな気遣いナースが大好きである。だが、必要以上の感情移入を患者にしてしまうため、帰宅後、泣くことがあってもおかしくない」
「ルーティンワークナースは、一般的なナースだ。看護師の業務は普通にこなすし、ルールを大切にする。看護師の心構えは『患者に寄り添うこと』だと考えているが、これは基本的な業務をこなすことによって達成できる、と考えている。看護師としての技術は申し分ないし、全く問題ない。ルーティンワークナースを気遣いナースに途中から変えるのは難しいように思う。そもそもマインドが違うからだ」
彼の言葉は本質をついていました。度重なる入院の折に、看護師の仕事ぶりをよく見ていたのです。「どちらがよい」「こうあるべきだ」といった強い主張は書かれてはいません。しかし文章から感じられたのは、「ルーティンワークとして日々の業務をこなすだけで基本的には十分だが、何かプラスの『気遣い』があるだけで、患者からの信頼度は変わってくるのではないか」ということでした。
そしてこれは看護師だけでなく、医師を含め、あらゆる医療者に当てはまることではないか、と私は感じたのです。
◇相手は生身の人間
近年、医療はますます複雑化しています。治療や検査など、医療行為の選択肢が増えるとともに、医療者が身につけなければならない知識や技術が増加しています。同時に、患者さんが書かねばならない同意書の数は増え、医師の書類仕事も増加の一途をたどっています。
その上、少しの油断や配慮の不足が、患者さんからの不信を引き起こし、訴訟問題に発展することもある。リスクマネジメントが叫ばれ、一つの医療行為を行うにも、必要な手間が年々増えています。医療現場は疲弊し、医療者は萎縮し、日々の業務をなるべくルーティンワーク化することによって自らを守ろうという意識は、誰しも少なからずあるように思います。「気遣い」などと言われても、現実はそんなに甘くない、そういう感覚もあるでしょう。
しかし、医療者が相手にしているのは生身の人間であり、病気に不安を抱え、救いを求めてやってきた方々です。一つ一つの行為に込められた医療者の思いを、マインドを、患者さんはよく見抜いています。
ルーティンワークを「こなす」だけではなく、それに少しの気遣いが加わることで患者さんからの信頼が高まり、良好な人間関係が構築された結果として成熟したルーティンワークになるのではないか。
私は彼の文章を読んで、そんなことを考えました。
むろん医療者も人間であり、一人の労働者ですから、「聖職者たれ」として過剰な配慮を要求してはならない、とも思います。しかし、医療者として日々患者さんと向き合う上で、「患者さんは医療者をどう見ているか」を知ることは大切だと感じます。私は彼の言葉から、大きな気づきをもらいました。天国にいる彼に、深い感謝の気持ちを伝えたいと思います。(医師・山本健人)
※この記事を書くにあたり、奥さまに連絡を取り、彼の遺志を広く伝えたい旨をお伝えし快諾いただきました。手記の文面は一部修正しました。
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