2024/11/13 05:00
「おひとりさま」の効用~ポジティブな孤独
若者が悩みを打ち明けるのは、手紙でも、電話でもなく、「SNSを通して」が圧倒的に多いといわれています。
手紙や電話を使って、特定の相手に自分の悩みを打ち明けるのはハードルが高く、不特定多数に向かって「死にたい、苦しい」と言う方が自己開示しやすいのは、想像がつきます。
こうしたネット上のやり取りを、大人たちはこれまで、無視して放置してきました。ただ近年、こうしたネット上の悲鳴は、悪意のある人に利用され、最悪の場合、犯罪に巻き込まれるような事例も起こるようになりました。
やっと、社会の現実を認識し、国や民間団体が対策を立て、「全国SNSカウンセリング協議会」が設立されました。今は、SNSカウンセリング相談員の養成が急務となっているといいます。
写真はイメージです(EPA時事)
SNSカウンセリングを手掛け、その相談員育成に取り組んでいる京都大学学生総合支援センター教授の杉原保史先生にお話を伺いました。
◇中高生は悩み多き年代
海原 先生が最近出版された「SNSカウンセリング・ハンドブック」を非常に興味深く拝読させていただきました。
SNSを通じてのカウンセリングは、相談する側にはハードルが低いですが、相談を受ける側は非常に神経を使うと思います。
非言語コミュニケーションができないし、相手の表情が分からない。情報が限られる。作り話かもしれない。
こんな大変なカウンセリングに取り組もうとしたきっかけを教えてください。
杉原 中高生を身近で見ている人であれば、よく知っていることと思いますが、今の中高生は電話をほとんど使いません。
その代わりにLINEやインスタグラム、ツイッターなどのSNSを用いて、活発にコミュニケーションをしています。
中高生は悩み多き年代です。厚生労働省の「自殺対策白書」によれば、ここ数年、自殺死亡率は全体としては下がってきていますが、10代は横ばい、ないし微増傾向。20代も、低下が鈍い傾向にあります。
このことから、白書では「わが国における若い世代の自殺は、深刻な状況にある」としています。
ですから、中高生が手軽に利用できる悩み相談の窓口を設けることは、若者のメンタルヘルス上、非常に重要です。
◇電話相談の利用は低調
海原 相談というのは、一歩踏み出すのに、敷居が高いという感じがありますよね。
杉原 そうですね。中高生にとっての悩み相談窓口は、スクールカウンセラーなどの対面の相談を除けば、これまでずっと電話相談だけでした。
今どきの中高生は、あまり電話を使わなくなっているにもかかわらず、です。当然のことながら、中高生をはじめとする若い世代の電話相談の利用は低調です。
こうした状況を踏まえて、ごく常識的に考えれば、SNSによる相談を提供する必要があるということは、火を見るよりも明らかです。やらないという選択肢はあり得ません。
かつて中高生の悩み相談の主流だった電話相談。写真は自殺を考える人からの電話を受ける東京自殺防止センターの相談員ら=2017年11月、東京都新宿区の同センター
確かに、SNSでの相談は、相談を受ける側にとって、いろいろな面で大変です。けれども、やれる範囲のことをやるだけでも、十分に意義はあると思います。
海原 SNSカウンセリングは今、どのような組織で行われ、どのくらいのアクセスがあるのでしょうか。相談員の数は増えていますか。
杉原 SNSカウンセリングは、さまざまな形で行われています。大部分は、行政機関が民間のカウンセリング事業所に委託する形で行われています。
文部科学省は、2018年度、全国30の自治体(19都道府県、8指定都市、3市町村)に、SNSを活用した相談事業のための予算を措置しました。
18年4月1日から12月末日までの間に寄せられた相談は、1万1039件でした。19年度も、多くの自治体がSNSを活用した相談事業を行います。
◇急速に広まった
海原 1万件とは、多いですね。
杉原 そうです。厚労省も18年度から、自殺予防のSNS相談を実施しています。実際に相談事業を行うのは、やはり民間のカウンセリング事業所です。
19年3月の自殺予防月間に行われた1カ月のSNS相談では、相談延べ件数は1万129件、友だち登録数は6万9549人でした。
SNSカウンセリングは、この2〜3年の間に急速に社会に広まりました。相談員の求人が急拡大し、相談員は事実上、かなり増えてきていると思います。
にわかにSNS相談員になった人がたくさんいるわけです。SNS相談員の質が低下していないか、やや心配されるところです。
海原 1回の相談が90分以上になることもあるそうですが、相談員の方は疲れませんか。疲労には、どう対処していますか。
◇相談員が元気をもらうことも
杉原 確かに、90分以上にわたって深刻な相談を受ければ、相談員はそれなりに疲れます。次の相談を受ける前に、少し休憩することもあります。
ただ、SNSカウンセリングは、基本的にモニターに向かってキーボードを打つ形で行われます。やり取りの間には数分のインターバルがあることもしばしばです。
その間にお茶を飲んだり、その場で伸びをするなどして身体を動かしたり、対応の仕方について他の相談員に相談したりすることができます。
SNSカウンセリングの現場。写真はLINEを通じて若い女性の悩み相談に応じるNPO法人「BONDプロジェクト」の相談員=2018年8月、東京都渋谷区
その意味で、対面の相談や電話相談よりも負担が軽いところもあるのです。
また、相談はうまくいけば、疲れるだけではなく、喜びや、やり甲斐を感じるものでもあります。
相談による疲れは、必ずしも時間と比例しません。意味のある仕事をしているという感覚は、人を強くします。
さらに言えば、悩みを抱えて相談してきた相談者さんが語る、けなげな自助努力や勇気ある日々のチャレンジに触れて、相談員の方が元気をもらうこともしばしばです。
相談活動を単なる「感情労働」に終わらせず、相談活動を通して相談員自身が成長できることを目指します。
相談員がそうした姿勢を持ち続けられるよう、日々研鑽を積む機会を提供し、志気の高いチームをつくっていくことが現場の課題です。
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