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「既往歴」という言葉をご存じでしょうか。「既往」を辞書で調べると、「過ぎ去った時。過去。また、過去の事柄(広辞苑第7版)」という定義が記載されています。一方、医療現場で使う「既往」は、これよりも限定的で「患者さんがかかったことのある病気、治療した経験のある病気」を指します。近年は、長期的に治療を継続する慢性的な病気も多いため、「既往」に「現在治療中の病気」も含むのが一般的です。
既往歴の情報を医療スタッフに共有してもらうことはとても重要
◇検査の判断を左右
病院に行くと、既往歴を問診票に記載するよう指示されたり、医療スタッフからたびたび尋ねられたりするはずです。適切な診断、治療を行う上で極めて大切な情報だからです。
既往歴が大切な理由は、大きく二つあります。
一つ目は、患者さんが「現在困っている症状」が、過去にかかった何らかの病気と関連している可能性を知る必要性です。全く同じ症状の患者さんでも、既往歴の違いによって医師が想定する病気は異なり、必要と考えられる検査も違ってきます。
◇“標的”を絞る
例えば、同じ「おなかが張る」という症状の患者さんであっても、過去におなかの手術をしたことがあるかないかで、精密検査を行うべきかどうかの判断は異なります。おなかの手術をした人は、腸管の癒着などが原因で腸閉塞を起こしやすくなっている可能性があります。これが「おなかが張る」原因かもしれない、と疑われた場合、検査の必要性は高いと言えます。
「既往歴の有無にかかわらず、全員に精密検査をすればいいじゃないか」と思った方がいるかもしれませんが、そういうわけにはいきません。検査は無害ではありません。必要のない検査をすれば、患者さんを無用なリスクにさらしてしまいます。
患者さんの既往歴を参考にしつつ、体に起こっている異常について“標的”を絞りながら、向き合うことが大切なのです。
◇重症化リスクの違い
既往歴が大切な理由の二つ目は、「同じ病気でも既往歴の違いによって重症化するリスクが異なる」ということです。
例えば同じ肺炎でも、生来健康な人と、肺や気管支に慢性的な病気がある人とでは、重症化のリスクは全く異なります。後者の患者さんには、精密検査を早めに行う、外来ではなく入院で治療を行う、といった選択肢の重要度が増します。
「重症化するリスクは少なからず誰にでもあるのだから、既往歴にかかわらずみんな入院させてもらえる方が安心だ」と思った方がいるかもしれませんが、そういうわけにはいきません。
入院ベッドや医療スタッフの数は有限です。高度な医療を提供すべき患者さんを適切に見分けることができなければ、結果的に多くの患者さんが不利益を被ります。
◇重要な情報共有
病院に行くと、既往歴を聞かれる機会が非常に多いでしょう。受付で事務員に、待合室で看護師に、そして散々話した後に診察室で医師に、繰り返し既往歴を聞かれ、揚げ句、薬局でも同じことを聞かれる。こうした状況に、うんざりしてしまう患者さんもいるでしょう。
しかし、適切な医療を受けるためには、既往歴という情報を医療スタッフに共有してもらうことが極めて大切です。既往歴が多い人はメモなどを準備しておき、スムーズに情報提供できるようにしておくとよいかと思います。
既往歴が大切な理由は他にもありますが、これについては拙著「医者と病院をうまく使い倒す34の心得」をご覧ください。(外科医・山本健人)
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