東京理科大学
~転倒予防やスポーツ分野への活用に期待~
【研究の要旨とポイント】
反応性姿勢制御(予期せぬ外部からの刺激の後に姿勢の安定性を回復する能力)は、転倒の予防などで大きな役割を果たすバランス機能の重要な要素の一つです。
本研究では、予期せぬ外的摂動を与えるバランストレーニング用の軽量・小型・柔軟なウェアラブルデバイスを開発しました。
開発したデバイスを短時間使用することで、有意に反応性姿勢制御が改善しました。
高齢者の転倒予防など、医療‧福祉分野での活用はもちろん、姿勢制御能力の改善‧反応性の向上を通じた健康増進やスポーツ領域への展開も期待できます。
【研究の概要】
東京理科大学創域理工学部機械航空宇宙工学科の山本征孝助教、竹村裕教授、同大学大学院創域理工学研究科機械航空宇宙工学専攻の芳川大輝氏(修士課程2年)、鷲田拓氏(修士課程1年)、県立広島大学保健福祉学部理学療法学科の島谷康司教授の研究グループは、反応性姿勢制御を改善するウェアラブルデバイスを開発しました。
反応性姿勢制御とは、予期せぬ外からの刺激の後に姿勢の安定性を回復する能力のことで、転倒の予防などで大きな役割を果たすバランス機能の重要な要素の一つです。外部から摂動を与え、反応性姿勢制御能力を向上させるトレーニングは既に存在しますが、高価な大型器具と専門医の指導が必要になるため、簡単に導入はできません。
今回、研究チームは、予期せぬ外的摂動(外乱)に対するバランストレーニング用のウェアラブルデバイスを開発しました(図)。なお、このデバイスは、家庭での使用も視野に入れて、柔軟かつ軽量な設計としました。このデバイスで外乱を付与してトレーニングを行うグループと、デバイスは装着するが外乱は付与せずトレーニングを行うグループに分け、トレーニングの前後における反応性姿勢制御機能の評価を行いました。その結果、外乱を与えた群では、トレーニング後に有意な反応性姿勢制御の改善が確認されました。
高齢化の急速な進展に伴い、高齢者の転倒による怪我の件数は年々増えつつあり、転倒予防のための技術開発が求められています。本装置のようなウェアラブルデバイスの開発が進み、実用化できれば、高齢者の転倒リスクの軽減に貢献する可能性が期待されます。
本研究成果は、2023年8月31日に国際学術誌「IEEE Journal of Translational Engineering in Health and Medicine」にオンライン掲載されました。
左図. 本研究で開発した反応性姿勢制御のためのウェアラブル・バランストレーニング装置(WBED; Wearable Balance Exercise Devise)。空気圧式人工筋(PAM; Pneumatic Artificial Muscles)により微細な外乱を発生させ、ユーザーはその外乱に抗して姿勢を保持することで反応的姿勢制御、つまり何かに刺激に対して反射的にバランスをとる能力を改善する。
右図. WBED群ではトレーニング後にD-COPML(内外測方向の足底圧中心変位)が有意に減少した。横軸は、テスト用の外乱刺激発生からの経過時間(秒)。
凡例:暖色がWBED群(今回のデバイスで外乱を付与してトレーニングした群)、寒色がSham群(デバイスを装着するだけで、人工筋による外乱を起こさずにトレーニングした群)。pre、postはそれぞれトレーニングの前と後を示す。
※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、化学式や単位記号が正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20231127_3697.html)をご参照ください。
【研究の背景】
高齢者は予期せぬ外乱の後に足底圧中心(COP)を安定させる能力が、若年成人よりも低下しています。さらに、転倒経験のある高齢者では、転倒経験のない高齢者に比べて反応性姿勢制御が低下することが知られています。反応性姿勢制御の低下は、COP変位、COP速度、予期せぬ外乱に対する反応時間の遅延を招き、転倒につながる大きなリスクになります。
予期せぬ外乱を意図的に与えるバランストレーニングは、反応性姿勢制御を改善する効果的な治療法です。しかし、そうしたバランストレーニングは、大型で高価な治療器具や医療専門家の指導を必要とするため、実施が困難です。家庭で簡単に反応性姿勢制御を改善するためには、軽量、小型、ウェアラブルで、小さな予期せぬ外乱を与えることができるデバイスの開発が必要とされています。
そこで本研究では、軽量で柔軟性があり、安価な空気式人工筋(PAM)アクチュエータとして活用して、家庭で簡単に使用することができる新たなウェアラブル・バランストレーニング装置(WBED)を開発しました。これまでの研究で、WBEDはバランストレーニング装置として使用でき、静的バランス機能(*1)を改善することがすでに報告されていました。しかし、WBEDが反応的なバランス機能に及ぼす影響についてはまだよくわかっていません。
そこで本研究では、WBEDを用いて外乱を与えるバランストレーニングが、反応性姿勢制御に及ぼす影響を検討することを目的としました。
【研究結果の詳細】
本研究では、先行研究で報告されているWBEDをベースに、軽量で持ち運びができ、家庭や臨床の場で簡単に使用できる、ソフトサポーター、ソフト骨盤ベルト、電磁弁、CO2タンク、4つのPAMから構成されたWBEDを開発しました(図)。WBEDの重量は0.9kgで、3分以内に装着でき、スマートフォンからトレーニングのための操作が可能です。
このデバイスの使用が反応性姿勢制御に及ぼす影響を検討するため、健康な成人男性18名を対象に試験を行いました。参加者はWBED群とSham群に割り付けられました。介入セッションでは、WBED群の参加者は無作為に縦側方に予期せぬ外乱を受けながらトレーニングを行い、Sham群はデバイスを装着するものの、外乱を受けることなく、WBED群と同じトレーニングを行いました。なお、介入セッションの前後に、参加者全員が縦方向および前後方向の足底圧中心変位(COPMLおよびCOPAP)に基づく反応性姿勢制御機能の評価を受けました。
その結果、sham群ではトレーニング前後で有意な変化は見られなかった一方、WBED群では、トレーニング後のD-COPML(内外測方向の足底圧中心変位)とV-COPML(内外測方向の足底圧中心変位のピーク速度)がトレーニング前に比べて有意に低下しました(それぞれp = 0.017、p = 0.003)。これは、WBEDを用いた外乱ベースのバランストレーニングは、反応性姿勢制御を即座に改善することを示しています。
研究を行った山本助教は、「高齢者や転倒傾向の高い人が、自宅で簡単に反応性姿勢制御やバランス能力を向上させる手段が必要と思い、この装置を開発しました。高齢者の転倒予防など、医療‧福祉分野での活用はもちろん、姿勢制御能力の改善‧反応性の向上を通じた健康増進やスポーツ領域への展開も期待できる技術です」と、幅広い用途を視野にいれ、開発を進めていくということです。
※本研究は、公益財団法人 双葉電子記念財団とJSPS科研費 22K18240の助成の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 静的バランス能力
立っているときや座っているときなど、支持基底面が変化しない状態で姿勢を保持する能力。
【論文情報】
雑誌名:IEEE Journal of Translational Engineering in Health and Medicine
論文タイトル:Perturbation-based Balance Exercise Using a Wearable Device to Improve Reactive Postural Control
著者:Masataka Yamamoto, Koji Shimatani, Daiki Yoshikawa, Taku Washida, Hiroshi Takemura
DOI:10.1109/JTEHM.2023.3310503
URL:
https://doi.org/10.1109/JTEHM.2023.3310503
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(2023/11/27 10:30)
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