抗生物質が根本治療薬に
筋強直性ジストロフィー 中森雅之山口大学教授に聞く③完
筋強直性ジストロフィーに、根本治療薬が生まれようとしている。現在は診断されても治療法がなく、症状の進行に対して限られた対症療法しかない。
山口大学大学院医学系研究科の中森雅之教授(臨床神経学)らの研究グループは、他の疾患に長年使用されている抗生物質のエリスロマイシンが、病気の根本的な治療薬となり得ることを世界で初めて見つけ、承認申請に向けた臨床試験が最終段階に入ろうとしている。
多くの患者や家族が待ち望んだ朗報であり、一刻も早い市販化が期待されている。世界初の筋強直性ジストロフィー治療薬となる可能性が高まっているエリスロマイシンとはどんな薬剤なのだろうか。
世界初の根本治療薬開発に挑む中森教授
◇抗生物質の働きに注目
ー既存の抗生物質に難病への効果を発見したということですが。
エリスロマイシンは古くから使われてきたマクロライド系の抗生物質です。
簡単に言うと、たんぱく質の合成や働きを阻害する異常を抑制するという効果です。その仕組みを説明するのは非常に難しいのですが、まず、筋強直性ジストロフィーが発症する原因が、DNAのある特定の領域で、「CTG」の塩基配列が異常な繰り返しをすることで、それから転写されたmRNAがスプライシングという重要な機能を阻害することであることは既にお話しました (第2回)。増幅してヘアピン状になった異常なmRNAによって、スプライシングを制御するたんぱく質が絡め取られてしまうために、それらの制御物質が本来の機能を果たせなくなってしまうことで、全身にさまざまな症状が生じます。エリスロマイシンは、異常に生じたmRNAに張り付いて制御物質が絡め取られるのを防ぎ、スプライシングを正常化させる、つまりこの病気の根本的な原因を解決する働きがあることが分かったのです。
ーなぜ、抗生物質に目を付けたのですか。
抗生物質はさまざまな細菌を殺したり増殖を抑制したりする薬剤ですが、その中には、細菌のRNAに結合して分裂・増殖するのを抑止する効果を利用した薬剤が多くあります。そこで、RNAに結合して作用するタイプの抗生物質を研究の対象に選びました。
さらに、筋強直性ジストロフィーの場合、薬剤はずっと飲み続ける必要があります。例えば、抗がん剤として使われている薬にも同様の作用があるのもありますが、抗がん剤を一生使うのは、現実的に不可能です。通常、抗生物質の投与期間は1~2週間くらいですが、より長く安全に使えるものを20~30種類、選んで絞り込んでいった結果、エリスロマイシンが一番効果が高いことが分かりました。
第Ⅱ相臨床試験の結果、エリスロマイシンの有効性が明らかに
ーエリスロマイシンの治験の結果はいかがでしたか。
新薬の人体への効果や安全性を確認する治験は、第Ⅰ相から第Ⅲ相までに分かれていますが、エリスロマイシンについては第Ⅱ相の治験が終わり、効果と安全性が確認されました。現在、承認申請に向けて、第Ⅲ相の治験の準備に取りかかっているところです。
第Ⅱ相試験では、筋強直性ジストロフィーの患者30人を、プラセボ(偽薬)群と、低用量群、高用量群の三つのグループに分けて6カ月間投与を行いました。この病気の原因となるスプライシングの異常をバイオマーカーにして解析した結果、エリスロマイシンを使った群で、統計学的に明らかに改善されることが分かりました(グラフ左)。さらに、筋肉が傷んだときに出るクレアチンキナーゼ(CK)という酵素が、エリスロマイシンを服用した群の方が低く抑えられました(グラフ右)。
(2024/11/21 05:00)