ビル&メリンダ・ゲイツ財団
Philanthropy’s once-in-a-generation opportunity マーク・スズマン CEO
概略:
ビル&メリンダ・ゲイツ財団は今年、革新的な方法で生命を救い、改善するため、ニーズの高まりを受け、86億ドルの拠出をすることにコミットした。多くのフィランソロピスト達が支援に乗り出しているが、より高い緊急性を持って、より多くのリソース、そして世界各国からの大胆で新しいアイディアが必要である。世界がフィランソロピーを最も必要としている今、人々が最も必要としている分野に焦点を当てることで、フィランソロピーの可能性を最大限に引き出すことができるのだ。
昨年、チャック・フィーニーという人物が92歳で亡くなった。フィーニーは億万長者であったが、彼の名前を聞いたことがない人も多いだろう。10ドルの腕時計を着用し、晩年は家や車も持たなかった。彼が数十億を稼いだ免税品業は、あまり話題にならない業態でもある。
フィーニーの名前が建物に刻まれることはないが、彼の遺産が消えることもない。
2011年、フィーニーはギビング・プレッジ(the Giving Pledge)に参加した。ギビング・プレッジとは、並外れた富を持つ個々人が、その富の大半を生涯または遺言で慈善事業に寄付することを約束する取り組みである。「生きているうちに寄付をして、人々の生活環境を改善する有意義な取り組みに個人の身を捧げることほど、やりがいのある富の使い道はないと思う。」とフィーニーは当時コメントしている。
フィーニーが突出していたのは、プレッジへの参加表明だけでなく、計画的かつ徹底的にそれを実行したことに ある。彼は生きている間に、ほぼ全ての財産を寄付した。ベトナムの公衆衛生システムの強化、南アフリカのHIV 診療所、低所得者へ医療を届けるための地道な運動など、幅広い活動に寄付を行った。
フィーニーの謙虚で力強い慈善活動は、ウォーレン・バフェットや当財団の共同理事長であるビル・ゲイツとメリ ンダ・フレンチ・ゲイツを含む多くの人々にインスピレーションを与えた。彼は、一人の寛大な人間の行動が、何世代にもわたって進歩の歯車を動かすことができることを、私たちに示してくれた。
これこそが私たち財団の目指していることである。誰であろうと、どこに住んでいようと、誰もが健康で生産的な 生活を送るチャンスがあるべきだと信じている。
救われた命と改善された生活におけるインパクトを測っており、このインパクトを最大化するため、米国および世 界各地で人々が最も必要としている分野に焦点を当てるのだ。緊急の問題を解決すると同時に、次世代に受け継がれるシステムの構築を支援することにフォーカスしているため、創設者の死後も財団の資金を使い切ることにコミットをしている。
そのような考えから、ゲイツ財団は2026年までの年間支援額を90億ドルに増やすことにコミットした。また、今月初めには2024年の予算を86億ドルにすることを決定した。この予算は、命を救い生活を改善するための革新的 な手段に充てられる。
それに加え他にも多くのフィランソロピストが立ち上がっている。大きなニーズと機会がある今、私たちが力を合 わせることでさらに多くのことを成し遂げることができる。そんな希望をこのレターでお伝えしたい。
Big challenges and big potential
COVID-19流行以降、数十年にわたって減少していた、極度の貧困・致命的な感染症・気候災害・旧来の戦争と 新たな戦争などが、新たに増加・台頭する状況を私たちは目の当たりにしてきた。
世界の不公平さを理解するのは難しい。豊かな国の人々であれば心配する必要のないような病気で、親が子どもを埋葬していたり…基礎的で低コストの治療で助かるはずの女性が出産で命を落としていたり…生まれてきた人種、収入、国によって境遇が決まっており、何億人もの人々が1日あたり2.15ドル以下で暮らしている。同じ地球上にいながら、パンデミック発生から24ヵ月の間に、億万長者たちの富はそれ以前の23年間よりも増加した。
様々なニーズが高まる一方で、低所得国にはそれを満たすための援助が不足している。現在、世界の人口の半数近くが、医療費よりも外債の返済に予算を費やす国に住んでいる。また、政府開発援助(最貧国が人間の基本的ニーズを満たすための補助金や低予算の資金援助)は、裕福な国々が国内外での他の優先事項により多く費やしているため、低所得国への支援は実質的には着実に減少している。
このような危機のなかでも、生活を改善し命を救うソリューションがあるというのはよい知らせである。革新的 なデジタルツールは、より多くの女性が経済活動に参加する一助になる。腸内細菌に関わる新たな治療は、栄養 不良の解決に役立つ。農業イノベーションは、異常気象に直面しても農家の生産をサポートすることができる。
しかし、このようなソリューションには支援が必要であり、支援がない事によりポテンシャルが損なわれてしまう。支援が早ければ早いほど、多くの人々を助けることができ、次の世代によりよい環境を残すことにつながる。
解決策を必要とする人々に確実に届くようにするために、最大かつ不可欠な役割を果たすのが政府である。しかしながら各国政府は、優先度の高い事項や、現実的な財政問題に直面している。新たな危機に対する財政支援を優先してしまうことで、基本的な保健衛生や研究開発に対する資金を犠牲にしてしまうことがあまりにも多い。
Exemplars in philanthropy
世界中でフィランソロピストがコミュニティ、NGO、政府と組んで寄付を通して世界をより良い場所にする活動をしている。その中から数名を紹介する。
良い行いをする人にかける
-ジェフリー・スコール
次の世代に投資
-アジム・プレムジ
力を合わせてさらに前へ
-ツィーツィー・マシイーワ
永続的な変化を促進
-ベリンダ・タノト
※それぞれの活動内容・詳細に関しては年次書簡本文をご参照ください。
政府はもっと努力する必要がある。多国間組織や民間企業も同様に、イノベーションと進歩の推進において不可欠な役割を担っている。そしてもうひとつ、世界をより公平で健康的な場所にする可能性を秘めたセクターがある。ここでもう一度、フィーニーの話に触れたいと思う。
何千人もの人々が今日生きながらえているのは、彼が世界の格差を見抜きそれを埋める手助けをしたからであ る。これこそがフィランソロピーの最大の存在意義なのだ。世界中のフィランソロピストは、不平等をなくすため に新しい寄付の方法を見出している。私は、フィランソロピストがより多くのことに取り組み、より多くの人々がその取り組みに加わることを願っている。
From ideas to impact
世界には、大きな課題に照準を合わせて活動するイノベーターがたくさんいる。しかし、そのアイデアがソリュー ションとして実際に人々の手に渡ることはそう多くはない。アイデアを実現するためには、フィランソロピー(慈 善事業)が大きな役割を果たすことが多い。
想像してみてほしい。かつてポリオウイルスは、週に7,000人の子どもを麻痺させた。それが2023年には、1年を 通してわずか12人にまで減少した。このような進歩が可能になったのは、画期的なソリューションを発見した優 秀なイノベーターと、世界の最も遠隔地にいる子どもたちにもソリューションが届くようにした最前線のヒーロ ーたちのおかげである。そしてその多くは、国際ロータリー、私たちの財団、そしてポリオ根絶の未来を目指すそ の他の団体など、フィランソロピーによって成し得たのである。
これは、過去数十年の間に、政府と非政府組織が感染症との闘いにおいていかに驚くべき進歩を遂げたかを示す一例に過ぎない。ワクチンアライアンスGaviは、10億人以上の子どもたちへの予防接種を促進してきた。グローバルファンドは、HIV、結核、マラリアから5,900万人の命を救ってきた。そしてカーター・センターとそのパートナーたちは、寄生虫感染症であるメジナ虫病を地球上から絶滅させた史上2番目の感染症へとさせようとしている。
これらの功績にはいくつかの共通点がある。何千人もの人々の懸命な努力が反映されており、それらはすべてフ ィランソロピーによる貢献によって可能となったのである。資金そのものが重要であると同時に、フィランソロピ ストがどのように資金を提供し、誰と協力するかということも同様に重要なのだ。
ゲイツ財団にとって、これは需要と供給のギャップを探すということを意味する。つまり、パブリック・プライベートセクターが投資するに値する十分なインセンティブを持たないが、フィランソロピーが行動を起こさなければ進展が望めないような分野を探すということだ。そして、団体同士の活動を引き繋ぐことで、救命のためのイノベーションを拡大し、問題解決に取り組む人々に、より早くより大きな成果をもたらすためのツールを提供することができる。
フィランソロピーの最もエキサイティングな部分のひとつが、他ではできないような迅速な適応やリスクを取る 柔軟性であり、それによって進歩を加速させることができることにある。
私たちは物事を前進させるが、決して単独で行っているわけではない。国や地域が設定した目標に向かって前進 するため、彼らと緊密に協力しながら活動を行っている。フィランソロピーは、リスクを負って、見過ごされたり資金不足に陥っているギャップを埋める手助けをすることはできるが、政府や民間セクター、現地の専門家とパー トナーシップを組んでこそ、変化をもたらすことができる。
公平性のデザイン~フィランソロピーの役割~
気候変動と人工知能という2つの大きなテーマについて、ゲイツ財団は何をしているのかをよく聞かれる。これら の課題に対するゲイツ財団のアプローチは、フィランソロピーの役割、そして私たちの役割についてどのように 考えているかを示すものである。
まず気候変動について。気候変動対策への支出の大半は、緩和策、つまり炭素排出量の削減に費やされており、 これは地球の未来にとって重要なことである。しかし、すでにコミュニティに被害をもたらしている影響について はどうだろうか?
事実として、サハラ以南のアフリカの農家のように、気候変動の要因に最も加担していない人々が、すでに深刻 な影響を被っている。しかし、世界の気候変動の資金のうち、気候変動への適応策に向けられた資金はわずか10分の1程度に過ぎない。そして、最貧困層が恩恵を受けるような策に使われるのは、さらにごくわずかだ。
そこでゲイツ財団は、政府や世界最大の国際農業研究機関である国際農業研究協議グループ(CGIAR)のような国際団体と協力し、農家が利用できる選択肢を広げるソリューションの研究開発と導入に資金を提供している。病気に強いニワトリや干ばつに強いキャッサバのようなイノベーションは民間企業が研究開発をしても必ずしも利益を生むとは限らない。しかし、何百万もの家庭の収入増加に貢献する可能性を秘めている。これこそが、私たちが着目すべき需要と供給のギャップである。
そしてAIについて。どんな新しいテクノロジーが登場しても、裕福な国がその力を利用する一方で、低所得国は取 り残される可能性が高い。AIも同様で、貧しいコミュニティのために設計されない限り、彼らに利益をもたらすこ とはないだろう。
最近、グローバルヘルスと研究開発における公平性を促進するAI活用を探求する研究者の提案を募集した。提案の約8割、そして選ばれたすべての拠出先が、低・中所得国の研究者によるものだった。
大規模な言語モデルを用いたパキスタンの若い女性の医療記録管理の改善、南アフリカにおける偏見のないHIV検診の提供、ナイジェリアの小学生にパーソナライズされたSTEMに関する授業の映像提供、タンザニアのラジオでマラリアのリスクに関する情報を現地語で放送する等、彼らは様々なアイディアを計画している。
これらの活動は、我々が関与せずとも実現していたかもしれない。しかし、フィランソロピーによる支援は、ソリューションが必要としている人々に早急へと届く可能性を飛躍的に高めるのである。
不可能を可能にする様々な方法
ゲイツ財団は、緊急課題解決への貢献を誇りに思っているが、このような活動を行っているのは当財団だけでは ない。多くのフィランソロピストが様々な問題を解決すべく斬新なアプローチやユニークな専門知識を提供して いる。
フィランソロピーのエコシステムは、私がこの仕事を始めた15年前とは様変わりしている。世界中の寄付者は、 複雑な課題に対して大胆なビジョンと寄付者を提供している。African Philanthropy Forumでは、アフリカ中の 寄付者が協力し合い、アフリカ大陸全体で包括的かつ持続可能な開発の推進を支援している。私はインド、中 国、シンガポールの財団が地域・世界的な問題に取り組んでいることにとてもエキサイトしている。次世代を担う フィランソロピストから新しいアイディアが生まれることで、よい寄付というものの基準が引き上げられるだろう。
もちろん、変化をもたらすことができるのは超富裕層だけではない。少額の寄付を積み重ねることで、莫大なイ ンパクトを生み出すこともできる。2012年の創設以来、130億ドル以上の寄付を生んできた「Giving Tuesday」という活動には、世界のほぼ半数の国が現在参加している。
また、毎月の給与の一部を母国に住む家族に仕送りする人々が世界中に何百万人もいる。仕送り(Remittance) と呼ばれるこのギビングは、2020年には5,900億ドルに達した。これはその他すべての国際支援の合計額をはる かに上回っている。
人は経済的困難を経験すると、その人の仕送りは減少すると思うだろう。しかし、その逆が起こる。より少ない生 活費で生活を賄い、仕送りの金額を増やすのだ。新型コロナウイルスのパンデミック中、仕送りは19%増加した。
世界には寛大な人がたくさんいる。そして、寄付者のコラボレーションを通した大規模な寄付の新しいモデルな ど、フィランソロピストの寛大な気持ちをインパクトに繋げるための援助はかつてないほど充実している。
最適な寄付のカタチ
10ドルでも1,000万ドルでも、寄付者は自分の寄付がインパクトをもたらしていることを知りたがっている。さらに、数多くの寄付先と寄付の方法が存在する今、誰にどう寄付をするか決めるのも大変だ。幸運なことに、世 界のフィランソロピー・セクターは数十年にわたる革新と協力の結果、寄付者が一人で寄付の道を歩む必要はなくなってきている。
純粋にフィランソロピーにコミットしている人々の中には、寄付できる範囲が限られている人もいるだろう。しかし、寄付が可能な人々にとって、今すぐ始めることには大きなメリットがある。
ひとつは、自分の行動のインパクトを実際に目にすることができること。寄付した先で仕事をする人たちとの信頼関係を築き、理解を深める時間を持つことができる。強力なパートナーシップはそれ自体が報酬でありつつ、より大きなインパクトにもつながる。そしてもうひとつは、早く始めれば始めるほど、勢いをつけることにつながる。進捗が数カ月や数年ではなく、数十年単位で測られるような問題に取り組んでいる場合は、特にそれが重要になる。
数十億ドルが可能にすること
チャック・フィーニーの寄付には特筆すべき点が多数あるが、その中でも特に印象に残っているのは、最も恵まれ ていない人々を最優先したことだ。
富裕層の寄付者の多くは、社会変革のために寄付をしたいと表明はしているものの、実際にはエリートな大学や文化機関への寄付の割合が多い。フィーニーはその両方を実行した。彼は母校に10億ドル近くを寄付し、同時にBHN(ベーシック・ヒューマン・ニーズ)に数十億ドルを寄付した。
さらに多くの寄付者が彼に続いたとしたら、どのように可能性が広がるか想像してみてほしい。優秀な大学への1億ドルの寄付と同時に、全米のすべての大学生にオンライン教科書を永久に無料で提供するシステム構築にも1億ドルを寄付したとしたら?もしある寄付者が、がんの治療法を探す研究機関に2,000万ドルを寄付し、いまだ毎分1人の子供が命を落としている病気であるマラリアの研究基金に2,000万ドルを寄付したとしたら?あるいは、自分の子供が通う私立学校に500万ドル、サブサハラ全土への質の高い教育の供給を支援するために500万ドルを寄付したら?
自分の全財産を寄付したいと思う人や、手放せる人がほとんどいないことはもちろん認識している。しかし、フ ィーニーの寛大な振る舞いと、現状の超富裕層の寄付との間には大きなギャップがあり、大きなインパクトを生 み出すチャンスでもある。
世界の2,640人の億万長者の純資産は12兆2,000億ドル以上。10億ドルあれば、2030年までに200万人の母親と子供の命を救うことができる程度の資金を、インパクトが大きく低コストの支援策に提供することができる。40億ドルあれば、5億人の零細農家が気候変動への耐久力が上がり、2030年までに農業から排出される温室効果ガスを年間1ギガトン削減できる。70億ドル強があれば、3億人にワクチンを届けることができ、700万人以上の死を防ぐことができる。
仮に地球上の全ての億万長者がそれぞれ全財産の0.5%を寄付した場合、610億ドルの資金が集まる。これは上記に必要なコストを全て賄いさらに490億ドルを残す額だ。
このような資金があれば、大勢の人々にさまざまな機会を提供することができる。アメリカ、カナダ、オーストラ リアでは、慈善財団は毎年資産の5%以上を拠出することが義務づけられている。これらは税制的に優遇されている資金のため、個人的にこの数値はもっと高くてもいいと考えている。とはいえ、財団への支払い義務が全くないヨーロッパのほとんどの地域がおかれている現状よりはまだましであろう。
今日の世界には、取り組むべき複雑な問題や、それに挑戦するイノベーターに事欠くことはない。世界中で、何 百万人もの命を救い改善できる画期的なブレイクスルーが目前に迫っている。これらの発見の中には、すでに必 要としている人々に届いているものもある。また、時間はかかるものの、私たちが知っている生活を変える可能 性を秘めたものもある。しかし、惜しみない投資と粘り強い支援がなければ、素晴らしいアイディアも単なるアイ ディアに終わってしまう。
より多くの人々がコミットメントを強め、最も必要とされている分野に援助を集中させれば、そのアイディアはイ ンパクトにつながる。つまり、天候に左右されずに家族を養える農家が増え、予防可能な病気に苦しむことのな い子どもたちが増え、出産が恐怖ではなく喜びの源となる母親が増える。
世界がフィランソロピーを最も必要としている今、私たちは共にフィランソロピーの可能性を最大限に引き出す ことができるのだ。
マーク・スズマン
CEO
ビル&メリンダ・ゲイツ財団
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(2024/01/26 16:30)