電子顕微鏡技術を駆使して高機能膜脂質の超微細分布を解明
学校法人 順天堂
膜脂質機能の理解促進に期待
順天堂大学大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センターの藤本豊士特任教授、辻琢磨特任助教(現・北海道大学遺伝子病制御研究所特任講師)、および東京科学大学・総合研究院・難治疾患研究所の佐々木雄彦所長・教授、長谷川純矢助教(現・北里大学薬学部講師)らの研究グループは、電子顕微鏡技術を駆使して、生体膜脂質の1つホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI4,5P2)の超微細局在を明らかにしました。PI4,5P2は多様な現象に関わる脂質ですが、従来の方法では正確な分布を知ることができず、PI4,5P2機能の理解が進みませんでした。研究グループは新たな電子顕微鏡法でPI4,5P2の分布を高精度かつ定量的に可視化できることを示しました。本成果の応用でPI4,5P2の機能の理解が促進されると期待されます。本論文はJournal of Cell Biologyのオンライン版に2024年11月4日付で公開されました。
■ 本研究成果のポイント
電子顕微鏡技術により機能性膜脂質の正確な分布を解明
従来の方法では不可能だった高精度、定量的な解析が可能に
膜脂質がもつ多様な機能や疾患での異常の理解促進に期待
■ 背景
ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI4,5P2)は生体膜(*1)をつくるリン脂質の1つで、おもに細胞の表面を被う形質膜(*2)に存在します。形質膜リン脂質の1%程度を占めるに過ぎませんが、細胞外から細胞内への情報伝達、細胞内のイオン濃度を調節するチャンネルの制御、細胞膜と細胞骨格の結合の調節など、多くの重要な機能を持つことが分かっています。しかし分子量が1,000程度しかなく、膜内を速い速度で移動するPI4,5P2がどのようにして多様な機能を発揮し、異なる機能の間で競合することがないのかについてはよく分かっていません。PI4,5P2機能の理解が進まない原因の1つはPI4,5P2が形質膜のどの部分にどれだけ存在するのかを正確に調べる方法がないことにありました。PI4,5P2に限らず、脂質の微細な分布をこれまでの顕微鏡法で決定することは難しいのが現状です。本研究では新たな電子顕微鏡法を用いて、PI4,5P2の分布を正しく捉えることができるかどうかを調べました(図1)。
■ 内容
本研究では出芽酵母を用いて、1.通常の増殖中の細胞、2.薬剤でATP産生を阻害した細胞、3.栄養源枯渇で静止期に入った細胞の3つの状態で、1) 質量分析法で測定した正確なPI4,5P2量、2) 従来用いられてきた顕微鏡法によるPI4,5P2の推定量、3) 本研究グループが開発した電子顕微鏡法によるPI4,5P2の推定量の3つのデータを得ました。2.、3.の条件では、1.と比べてPI4,5P2が減少することが予想されたので、まず1)の方法を用いて、1.を基準とした場合の2.、3.のPI4,5P2の相対量を調べました。その結果、1.のPI4,5P2量を100とした場合、2.では30.0, 3.では56.6であることが分かりました。ついで2),3)の方法を用いて、同様に1.を基準とした場合の2.、3.のPI4,5P2の相対量を調べたところ、3)の方法では2.は40.2、3.は58.0という結果でしたが、2)の方法では2.3.とも検出限界以下となって検出できませんでした(図2)。またさらに2)の方法では、PI4,5P2が集中するはずの部位にPI4,5P2を検出できないという問題がありましたが、3)の方法では同部位へのPI4,5P2の集中が明瞭に示されました。これらの結果より、今回用いた電子顕微鏡法が高精度かつ定量的にPI4,5P2の分布を決定できることが明らかになりました。
また神経細胞のモデルであるPC12細胞のPI4,5P2について検討したところ、従来の方法ではスポット上に集合して存在すると考えられていた形質膜のPI4,5P2が、一様に分散して分布していることが分かりました。さらに通常の顕微鏡法で用いられている化学固定が人工的にPI4,5P2を集合させ、本来の分布を歪めていたことが明らかになりました。PC12細胞のPI4,5P2の集合は、神経終末部(*3)で神経伝達物質が放出される部位が予め決まっていることを示す証拠の1つとされてきましたが、今回の結果はそのような集合の存在を否定し、従来の解釈の見直しを迫るものであると言えます。
■ 今後の展開
今回、研究グループは電子顕微鏡法が正確なPI4,5P2の分布を明らかにすることができる優れた方法であることを示しました。またこれまでPI4,5P2の検出が困難であった部位のPI4,5P2も解析可能であることも分かりました。上述したようにPI4,5P2は多くの機能を持つ重要な膜脂質です。今後、今回用いた方法を応用することにより、PI4,5P2がどこでどのように機能するのか、また様々な疾患ではどのような異常が生じるのかなどについて詳細な解析が可能になると期待されます。
図1:本研究で用いた電子顕微鏡法
生きた細胞を急速に凍結したあと、生体膜を白金とカーボンの薄膜で物理的に固定して膜脂質を動けなくする。タンパク質などを取り除いたあとPI4,5P2に標識を結合させ、電子顕微鏡で観察する。
図2:出芽酵母で得られた結果
■ 用語解説
*1 生体膜: 細胞の表面や細胞内の小器官を被う厚さ約5-7ナノメートル(1ナノメートルは1ミリの100万分の1)の構造でおもに脂質とタンパク質でできている。
*2 形質膜: 細胞の表面を被う生体膜。
*3 神経終末部: 神経細胞が隣接する別の神経細胞などとシナプスを形成し、情報を伝達する部位。
■ 研究者のコメント
本研究では、私たちが長年開発に携わってきた電子顕微鏡による膜脂質解析の技術により、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸の分布を高精度に、かつ定量的に決定できることを示すことができました。このためには佐々木教授らが新たに開発された方法による正確な脂質定量との突合が必須であり、快く共同研究に応じて頂いた佐々木教授、長谷川助教(現・講師)に改めて御礼申し上げます。
■ 原著論文
本研究はJournal of Cell Biology誌のオンライン版に2024年11月4日付で公開されました。
タイトル: Definition of phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate distribution by freeze-fracture replica labeling
タイトル(日本語訳): 凍結割断レプリカ標識によるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸分布の定義
著者:Takuma Tsuji1, Junya Hasegawa2, Takehiko Sasaki2, and Toyoshi Fujimoto1
著者(日本語表記): 辻琢磨1)、長谷川純矢2)、佐々木雄彦2)、藤本豊士1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科、老人性疾患病態・治療研究センター、2)東京科学大学、難治疾
患研究所
DOI: 10.1083/jcb.202311067
本研究はJSPS科研費(18H04023, 19K07265, 22H00446)、武田科学振興財団、中谷医工計測技術振興財
団、東京医科歯科大学難治疾患共同研究拠点の支援で実施されました。本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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膜脂質機能の理解促進に期待
順天堂大学大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センターの藤本豊士特任教授、辻琢磨特任助教(現・北海道大学遺伝子病制御研究所特任講師)、および東京科学大学・総合研究院・難治疾患研究所の佐々木雄彦所長・教授、長谷川純矢助教(現・北里大学薬学部講師)らの研究グループは、電子顕微鏡技術を駆使して、生体膜脂質の1つホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI4,5P2)の超微細局在を明らかにしました。PI4,5P2は多様な現象に関わる脂質ですが、従来の方法では正確な分布を知ることができず、PI4,5P2機能の理解が進みませんでした。研究グループは新たな電子顕微鏡法でPI4,5P2の分布を高精度かつ定量的に可視化できることを示しました。本成果の応用でPI4,5P2の機能の理解が促進されると期待されます。本論文はJournal of Cell Biologyのオンライン版に2024年11月4日付で公開されました。
■ 本研究成果のポイント
電子顕微鏡技術により機能性膜脂質の正確な分布を解明
従来の方法では不可能だった高精度、定量的な解析が可能に
膜脂質がもつ多様な機能や疾患での異常の理解促進に期待
■ 背景
ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI4,5P2)は生体膜(*1)をつくるリン脂質の1つで、おもに細胞の表面を被う形質膜(*2)に存在します。形質膜リン脂質の1%程度を占めるに過ぎませんが、細胞外から細胞内への情報伝達、細胞内のイオン濃度を調節するチャンネルの制御、細胞膜と細胞骨格の結合の調節など、多くの重要な機能を持つことが分かっています。しかし分子量が1,000程度しかなく、膜内を速い速度で移動するPI4,5P2がどのようにして多様な機能を発揮し、異なる機能の間で競合することがないのかについてはよく分かっていません。PI4,5P2機能の理解が進まない原因の1つはPI4,5P2が形質膜のどの部分にどれだけ存在するのかを正確に調べる方法がないことにありました。PI4,5P2に限らず、脂質の微細な分布をこれまでの顕微鏡法で決定することは難しいのが現状です。本研究では新たな電子顕微鏡法を用いて、PI4,5P2の分布を正しく捉えることができるかどうかを調べました(図1)。
■ 内容
本研究では出芽酵母を用いて、1.通常の増殖中の細胞、2.薬剤でATP産生を阻害した細胞、3.栄養源枯渇で静止期に入った細胞の3つの状態で、1) 質量分析法で測定した正確なPI4,5P2量、2) 従来用いられてきた顕微鏡法によるPI4,5P2の推定量、3) 本研究グループが開発した電子顕微鏡法によるPI4,5P2の推定量の3つのデータを得ました。2.、3.の条件では、1.と比べてPI4,5P2が減少することが予想されたので、まず1)の方法を用いて、1.を基準とした場合の2.、3.のPI4,5P2の相対量を調べました。その結果、1.のPI4,5P2量を100とした場合、2.では30.0, 3.では56.6であることが分かりました。ついで2),3)の方法を用いて、同様に1.を基準とした場合の2.、3.のPI4,5P2の相対量を調べたところ、3)の方法では2.は40.2、3.は58.0という結果でしたが、2)の方法では2.3.とも検出限界以下となって検出できませんでした(図2)。またさらに2)の方法では、PI4,5P2が集中するはずの部位にPI4,5P2を検出できないという問題がありましたが、3)の方法では同部位へのPI4,5P2の集中が明瞭に示されました。これらの結果より、今回用いた電子顕微鏡法が高精度かつ定量的にPI4,5P2の分布を決定できることが明らかになりました。
また神経細胞のモデルであるPC12細胞のPI4,5P2について検討したところ、従来の方法ではスポット上に集合して存在すると考えられていた形質膜のPI4,5P2が、一様に分散して分布していることが分かりました。さらに通常の顕微鏡法で用いられている化学固定が人工的にPI4,5P2を集合させ、本来の分布を歪めていたことが明らかになりました。PC12細胞のPI4,5P2の集合は、神経終末部(*3)で神経伝達物質が放出される部位が予め決まっていることを示す証拠の1つとされてきましたが、今回の結果はそのような集合の存在を否定し、従来の解釈の見直しを迫るものであると言えます。
■ 今後の展開
今回、研究グループは電子顕微鏡法が正確なPI4,5P2の分布を明らかにすることができる優れた方法であることを示しました。またこれまでPI4,5P2の検出が困難であった部位のPI4,5P2も解析可能であることも分かりました。上述したようにPI4,5P2は多くの機能を持つ重要な膜脂質です。今後、今回用いた方法を応用することにより、PI4,5P2がどこでどのように機能するのか、また様々な疾患ではどのような異常が生じるのかなどについて詳細な解析が可能になると期待されます。
図1:本研究で用いた電子顕微鏡法
生きた細胞を急速に凍結したあと、生体膜を白金とカーボンの薄膜で物理的に固定して膜脂質を動けなくする。タンパク質などを取り除いたあとPI4,5P2に標識を結合させ、電子顕微鏡で観察する。
図2:出芽酵母で得られた結果
■ 用語解説
*1 生体膜: 細胞の表面や細胞内の小器官を被う厚さ約5-7ナノメートル(1ナノメートルは1ミリの100万分の1)の構造でおもに脂質とタンパク質でできている。
*2 形質膜: 細胞の表面を被う生体膜。
*3 神経終末部: 神経細胞が隣接する別の神経細胞などとシナプスを形成し、情報を伝達する部位。
■ 研究者のコメント
本研究では、私たちが長年開発に携わってきた電子顕微鏡による膜脂質解析の技術により、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸の分布を高精度に、かつ定量的に決定できることを示すことができました。このためには佐々木教授らが新たに開発された方法による正確な脂質定量との突合が必須であり、快く共同研究に応じて頂いた佐々木教授、長谷川助教(現・講師)に改めて御礼申し上げます。
■ 原著論文
本研究はJournal of Cell Biology誌のオンライン版に2024年11月4日付で公開されました。
タイトル: Definition of phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate distribution by freeze-fracture replica labeling
タイトル(日本語訳): 凍結割断レプリカ標識によるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸分布の定義
著者:Takuma Tsuji1, Junya Hasegawa2, Takehiko Sasaki2, and Toyoshi Fujimoto1
著者(日本語表記): 辻琢磨1)、長谷川純矢2)、佐々木雄彦2)、藤本豊士1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科、老人性疾患病態・治療研究センター、2)東京科学大学、難治疾
患研究所
DOI: 10.1083/jcb.202311067
本研究はJSPS科研費(18H04023, 19K07265, 22H00446)、武田科学振興財団、中谷医工計測技術振興財
団、東京医科歯科大学難治疾患共同研究拠点の支援で実施されました。本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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(2024/11/14 15:00)
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