治療・予防

これでいいのか乳がん検診
~日本の死亡率なぜ下がらない~ 静岡がんセンターの植松孝悦氏に聞く(上)

 日本人の乳がん患者数は急増し、今や女性の9人に1人となっている。早期発見・早期治療によって完治あるいは共存が可能な病気だが、死亡率は低下していない。静岡県立静岡がんセンターの植松孝悦・乳腺画像診断科兼生理検査科部長は、欧米のエビデンス(科学的根拠)に基づいて行われている現在の乳がん検診が原因と指摘する。日本人と欧米人では乳房の質が異なり、日本人に合った検診が必要だという。増え続ける乳がんから身を守るために、必要な知識を織り交ぜながら、今後の検診のあり方を問題提起していく。(*1)

 前半では、なぜ日本の乳がん死亡率は下がらないのか、高濃度乳房とはどんなものかについて解説する。

 ◇乳房の違い無視、欧米データうのみ

 ―新しい抗がん剤の開発が進み、乳がんは進行した状態で見つかっても救命できる可能性が高まってきています。死亡率は下がるのではないかと思いますが、現状はどうなっていますか。

 「2021年に発表された、日本のがん検診の指令塔の一人である祖父江友孝先生の論文によると、欧米諸国では1990年以降、急速に死亡率が低下しているにもかかわらず、日本と韓国では上昇し続けています。

欧米先進国では乳がん死亡率が1990年代初頭から低下しているが、わが国では今も上昇している(Japanese Journal of Clinical Oncology,Volume 51,Issue11,November 2021,Pages 1680-1686)

 日本は1987年に問診と視触診による乳がん検診を開始。2000年にマンモグラフィーを導入し、4年後には対象者を50歳から40歳以上に引き下げました。ところが、マンモグラフィーの導入から現在に至るまで、年齢調整死亡率は減少していません。

 米スタンフォード大学の研究によると、1975年にマンモグラフィー検診を導入した米国では、導入後10年で死亡率が減少し始め、2019年までに死亡者数が58%も減っています。

 医療技術の進歩、新しい抗がん剤の恩恵は、国民皆保険制度のある日本人女性の方が受けやすいはずです。日本では一般の人が平等に新規の抗がん剤を使うことができます。しかし、米国では医療費が高額で、誰もが新しい抗がん剤を使えるわけではありません」

 ―同じように検診をしているのに、日本と欧米で効果に差が出るのはなぜですか。

 「日本の検診受診率が低いということもありますが、欧米人と日本人では乳房の性質が違うことが大きく影響していると思います。欧米人は非高濃度乳房や脂肪性乳房の人が多く、乳がんの発見にマンモグラフィーが適しています。これに対し、日本人は乳腺の割合が高い高濃度乳房の人が多いため、マンモグラフィーだけではがんが見つかりにくいという問題があるのです。

不均一高濃度乳房と極めて高濃度乳房が一般的に高濃度乳房、脂肪性乳房と乳腺散在性乳房が非高濃度乳房とされる

 マンモグラフィー検診は、エビデンスのある唯一の乳がん検診だと言われ、実際、欧米で死亡率減少効果があることは明らかです。ただ、そのデータはすべて欧米人のデータなのです。

 海外のデータをそのまま流用するのではなく、日本でも同じデータが出るかどうかを確認すべきだというのがEBM(Evidence Based Medicine=根拠に基づく医療)の基礎的な考え方です。条件が違う人に対して同じ結果は得られないというのはごく当たり前で、脂肪性乳房の多い欧米人での死亡率減少効果が高濃度乳房の多い日本人女性で得られないのは当然の結果です。

 EBMが日本に入ってきて間もない時期にマンモグラフィー検診が導入されたこともあり、当時は科学的手法を用いた十分な検討がなされないまま、欧米のエビデンスをうのみにし、そのまま日本女性に当てはめてしまいました。検診の専門家たちがようやくそのことに気付き始めたので、今後、大きく変わっていくはずです」

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