Dr.純子のメディカルサロン

貧困脱却へアヒル貸し出し
~ベトナムでユニークな支援~ NPO法人の伊能まゆ代表に聞く

 国際関係のさまざまな場で活躍し、日本と外国との友好親善に貢献している団体や個人に贈られる外務大臣賞を2023年度に受賞した伊能まゆさん(NPO法人理事長)は、ベトナムで有機農業を教え、生産物のブランドをつくって販売。また、農家にアヒルのひなを貸し、育てて増やしてもらう「あひる銀行」という取り組みで人々が貧困から抜け出すためのサポートをしています。このユニークな試みを成功させた伊能さんを現地に訪ね、活動を取材しました。

(聞き手・文 海原純子)

あひる銀行から借りたアヒルを育てている女性

 ◇飼育後の販売代金で返済

 海原 伊能さん、よろしくお願いいたします。あひる銀行の発想には驚きましたが、思いついたきっかけは何ですか。併せて、どんなシステムなのか、「融資」を受けるための基準などはどうやって決めるのかを教えていただけますか。

 伊能 あひる銀行や「牛銀行」は、もともと農村開発や貧困削減の事業などでよく実践されていました。マイクロファイナンスとして知られている仕組みは少額のお金を貸し出すものですが、あひる銀行は、お金の代わりにアヒルのひなを貸し出します。私が実施していた事業では、貧困世帯にひなを25羽貸しました。25羽に設定した根拠は、事業を実施する前に40軒ほどの貧困世帯を訪問し、「あひる銀行のような仕組みがあった場合、何羽くらい借りたいと思うか」「何羽飼育できるか」と聞き取り調査を行い、皆さんが無理なく飼育できると答えた羽数の中間値を取りました。

NPO法人Seed to Tableの伊能まゆ代表

 ◇期間3~4カ月、研修・助言も

 伊能 ひなを借りたい貧困世帯は、各村に設置された「村づくり委員会」の委員に希望を伝えます。委員はアヒルを飼うための条件(放す場所があるか、世話をするために十分な労力があるかなど)を満たしているかどうかを確認。その後、貧困世帯があひる銀行の規則を理解した上で覚書に署名すると、ひなが貸し出されます。また、貧困世帯はアヒルを借りる前に、飼育研修と餌代などの支出や育てた後に肉として販売した際の収入を記載する帳簿の管理方法についての研修を受けなければなりません。

 飼育で困ったことがあると、村づくり委員会の委員や私たちの事業のパートナーである農業普及センターの職員が相談に乗り、なるべくアヒルが病気などにかからずに肉の販売にこぎつけ、収入を得られるように支援します。貸出期間はあひるの種類にもよりますが、およそ3~4カ月です。借り手は期限が来る前に販売し、ひな代を銀行に返します。

牛銀行から借りた牛を育てている女性

 もし、病気などで肉を販売できない場合でも、25羽分のひな代を返済してもらいます。利息は付きません。25羽を上手に育てられるようになった貧困世帯は、希望すれば、より多くのひなを借りられる他、条件を満たせば牛銀行から牛を借りられるなど、貧困からの完全脱却に向けてステップアップできるようになっています。

 成功率6割

 海原 とてもユニークですね。成功率はどのくらいですか。

 伊能 アヒルについては、6割以上の世帯がうまく飼育し、3割ほどが羽数を増やしています。貧困世帯は家や土地を持たないケースが多いので、羽数を増やせる世帯はあまり多くありません。中には、コツコツと25羽を飼育する一方、日雇い労働などで日銭を稼ぎながら資金をため、アヒルを借り始めてから3年後に0.5ヘクタールの土地を購入した方もいます。私たちの事業では、小さいことを積み上げ、大きく育てていく大切さを繰り返し伝えています。このことを理解・実践して成功した貧困世帯と出会うと、事業をやっていて良かったと思います。

 ◇農業は門外漢、現地で学ぶ

 海原 それはいいですね。努力して積み上げる体験は自信になりますね。伊能さんは有機農業も教えていらっしゃいますが、もともと農業について勉強なさっていたのですか。

ホーチミン市で開催された農産物市に参加した有機農家たち

 伊能 いえ、大学では欧州の歴史、大学院では社会学を学びました。ただ、私が子どもの頃から母が家庭菜園を手掛け、有機農法で野菜を育てていたため、環境保全型農業の存在が身近にありました。土や昆虫を触ることが好きではなかったので、家庭菜園にしぶしぶ出掛けて母の手伝いをしていました。その頃、自分が大人になって今のような仕事をすることになろうとは、夢にも思っていませんでした。

 ベトナムに来てから、農家の皆さんから自然資源の活用方法やさまざまな農法について学んだ他、NGOの活動を通じてさまざまな研修に参加したり、他国を訪問したりする機会を得て、有機農業や自然農法、パーマカルチャーの考え方や実践例から学びました。また、ベトナムの農村で活動を始めてから日本の農村にも関心を持ち、日本の農業や農村、農家の皆さんの素晴らしい点や問題について理解できるようになりました。

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