こちら診察室 舌痛症を考える

心を整える重要性
~レジリエンス①~ 【第5回】

 フラストレーションやストレスが原因で起こるのは舌痛症だけでしょうか。他にも、うつ病、統合失調症、パニック障害、睡眠障害、自律神経失調症、循環器系、呼吸器系、消化器系、神経系、泌尿器系の疾患など、あらゆる領域に症状として現れます。

 治療中の疾患があれば、その経過にも影響を与えると言えます。これらが心の原因で起こっているのであれば、処置、手術、投薬は対症療法であり、本質的には心自体を扱わない限り改善は困難なのではないでしょうか。

 体に病があり、病の心配や人間関係などのストレスによって精神の不調を来してしまい、自律神経が不具合を起こし、免疫力が低下してしまうことで「病」と「気」が合わさり、本当の病気が完成してしまいます。心を整える重要性がご理解いただけると思います。

 自分の願望が明らかで、目標に向かってあきらめず努力をしている状況に、やりがいや楽しみを感じることができます。そんな状況で心理的影響による病を発症することは少ないでしょう。一方、ダメージをまともに受け続けていれば精神が壊れてしまいます。そこで、ダメージをかわしたり、受けたとしても早期に回復したりする技術を持っていれば楽になれるのではないでしょうか。ダメージから回復する力を心理学で「レジリエンス」と言います。技術なので習得すれば誰でもできます。今回はレジリエンスについてお伝えします。

 ◇脳内のてんびんのつり合い

 まず、人間の脳のシステムを説明します。自分の脳の外側で起こることはすべて情報であり、それを五感を通して取得します。自分の興味関心で瞬時に区分します。興味関心のある情報はそのまま脳内にとどまり、なければ消えてしまうか記憶の奥の方に追いやってしまいます。とどまった情報は脳内の「比較の場」に移送されます。

 ここには無数のてんびんが存在します。その片側には、五感を通して得られた外界の情報が乗ります。反対側には自分の求めているイメージ写真が乗ります。この二つが乗ったときにてんびんが動き始めます。そこで生じる傾きによってフラストレーションシグナルというサインが発生します。てんびんが釣り合っていればシグナルは弱くなり、傾きが大きくて自分の求めるものと現実とが離れていれば、より強くなります。人間の脳ではこれが日々瞬時に起きています。脳はこのシグナルの強さに比例し、てんびんを釣り合わせるための行動を要請します。そこで、てんびんを均衡させる効果的な思考と行為を選べれば、シグナルも弱くなるのです。

 しかし、てんびんを釣り合わせる効果的な思考や行為がない場合もあります。そうであっても脳は行動を要請し続けます。大変な状況に見舞われてしまった人が「何でもよいので、とにかく何かしなければ」という焦燥感にかられ、おかしな行動に走る場合があるでしょう。後で思えば「なぜあんなことをしたのだろう、でも当時はこれが最善に思えた」と振り返る方もいます。フラストレーションシグナルは全行動に影響するので、生理反応に強く集中すれば症状として現れることもあるでしょう。

図:フラストレーションシグナルの仕組み

 これをどうすれば弱くすることができるのでしょうか。人は事実を五感を通して脳内に入れます。脳内に入った時点で解釈された情報になります。事実は一つですが、解釈は多数です。解釈の一つを選択し、自己のイメージ写真と比較します。事実を否定的に見れば、欲するイメージ写真との乖離(かいり)が大きくなり、シグナルも強くなるでしょう。一方、肯定的に捉えれば自己のイメージ写真と近くなり、シグナルも弱くなります。

 ◇出続けるフラストレーションシグナル

 ある夫婦の妻を例に挙げてみます。結婚5年目で共働きですが、子どももでき、外見的には仲の良い家族です。しかし、夫は仕事に集中しており、最近は家庭を省みることも少なくなり、妻が育児と家事をワンオペで担っているのが実態です。夫の収入で家計が支えられていると感謝し、仕事があっても子どもと家庭のことは引き受けようと頑張っていました。「子どももやがて手がかからなくなるし、この状況はずっとじゃない」と思っていました。

 一方で、健康に自信があると思っていたのに、最近、体調の変化を感じるようになってきました。やる気が起きずイライラが続き、おなかの調子も悪く、舌も痛くなってきました。かかりつけ医に相談して検査を受けましたが、特に問題なく「悪い所はありません。頑張り過ぎではないですか。休養も考えてみましょう」と言われました。

 検査で異常はないので一安心でしたが、その後も体調はひどくなるばかりです。夫に相談しても「病院は大丈夫って言ったんだろう。暑さのせいじゃないの。いろいろ休み休みやったら」と言われるだけ。相変わらず夫も仕事が忙しく、子どものことを相談したいのですが、実現したことはありません。夫婦の会話も少なくなってきました。夫は毎日遅く帰宅し、食事と入浴の後にすぐ寝てしまいます。週末は、家でも仕事をすることがありますが、休んでいても「疲れているから」と寝ているかゲームをしています。

 妻の脳内のてんびんは、片方が「現実」であり、求めているのは「一緒に育児や家事をする優しい夫」です。当然、てんびんが釣り合わず、強いフラストレーションシグナルが出続けます。自分の求める「夫」を得るための効果的な行動が見つからず、自分自身の制御を失いかけている状況と言えます。

 ここで、全行動の思考と行為の選択を考えてみましょう。このケースは人間関係ですが、それを考える場合、必ず「過去と他人は変えられない」という前提を踏まえなければなりません。求めるものを得るための行動の選択をお話しましたが、妻は夫を「一緒に育児や家事をする優しい夫」にすることはできません。それでも夫を変えることしか考えつきません。思いつく効果的な行動がなくなってしまっても、脳は行動を要請し続けるので、フラストレーションシグナルが感情や生理反応に集中してしまっていると考えられます。(了)


角田智之(つのだ・ともゆき)
 歯科医師・歯科医師臨床研修指導医・日本選択理論心理学会認定選択理論心理士。明海大学卒業後、日本大学医学部歯科口腔外科学教室、久留米大学医学部口腔外科学教室などを経て、2008年に福岡市で「つのだ歯科口腔クリニック」(現在は「つのだデンタルケアクリニック」)を開設した。




【関連記事】

こちら診察室 舌痛症を考える