こちら診察室 舌痛症を考える

自分の行動にフォーカス 【第3回】

 米国の精神科医ウィリアム・グラッサーが提唱した選択理論心理学では、人の行動を以下のように四つの要素に分解しています。

 1.行為(本を読む、歩く、物を買うなど)

 2.思考(考える、思うなど)

 3.感情(楽しい、イライラするなど)

 4.生理反応(汗をかく、心臓がドキドキする、舌の痛みや原因不明の症状など)

 この四つの要素が合わさって行動になると考えるので、選択理論ではこれを「全行動」と言います。

 例えば「本を読む」という全行動を考えてみましょう。

 本を手に取りページをめくる(行為)。読んでいる内容について考える(思考)。内容がすごく面白く読んでいて楽しい(感情)。本に引き込まれドキドキする(生理反応)。単純に本を読む行動でもこれらの要素で必ず構成されています。この生理反応の中に舌の痛みが含まれていると考えています。

 ◇痛みをコントロール

 全行動を説明する際、車の図をよく使います。下図のように、前輪に「行為」と「思考」を、後輪に「感情」と「生理反応」をそれぞれ配置します。車で表現する理由は「変えやすいもの」と「変えにくいもの」を分けるためです。

図:車で示した「全行動」のイメージ

図:車で示した「全行動」のイメージ

 行為と思考は、自分の選択なので変えられることはお分かりいただけると思います。では、感情と生理反応はいかがでしょうか。

 車なので、ハンドルを右に切ったら、当然右に曲がります。前輪の方向を変えたら車の位置が動き、後輪も移動することを理解していただけるでしょう。つまり、後輪は「変えにくいが変えられる」のです。

 「うれしくなってください」と突然言われてもできません。ただ「うれしくなる」ためにはどうしたらよいかを考え(思考)、スマートフォンに保存してある楽しかった旅行の写真を見る(行為)。そうなったらどうなるでしょう。思考と行為を変えて感情をコントロールすることになると思います。

 生理反応はどうでしょうか。急に「汗をかく」わけにはいきません。ただ「汗をかくには走ればよい」と考え(思考)、「実際に近所を全力で走る」(行為)。その結果、当然、汗が出てきます。思考と行為を変えて生理反応をコントロールしたのです。

 では、問題の舌の痛み(生理反応)にはどう対応すればいいでしょうか。上記を踏まえると、思考と行為を変えれば舌の痛みもコントロールできることになります。

 舌痛症の方々に共通する状態があります。それは「仕事などで何かに集中しているときは痛みを忘れている」という点です。何かに集中して行動することで思考と行為が変わり、それに伴い感情と生理反応も変化していると言えると思います。であれば、それを意図的に行うことが痛みを改善する効果的な方法と考えられます。

 ◇思考と行為をセットに

 ただ、やみくもに行動しても効果的とは言えないでしょう。より有効な方法としては、自分の願望に対する適切な行動の選択です。

 痛みがあることで感情も負の方向へ変化している可能性があります。「そんなことを言っても、何もする気が起きない」といった精神の不活性が強く見られれば、思考や行為を変えるパワーもそがれてしまいます。そうなれば車の方向は変わらず、逆の負の方向へハンドルを切ってしまうかもしれません。そのような場合の改善方法としては「短時間に成功が確約される行動」の選択が効果的でしょう。

 例えば、風呂掃除です。風呂掃除は必ず成功する行為であり、何時間もかかることではありません。終われば自分自身が「やった」という達成感を得られ、自信になります。以前もお伝えしましたが、症状が出ているのは自分を制御できていないときであり、小さな達成でも自信になります。これを積み上げていけばやがて大きな自信となり、感情と生理反応も変化するはずです。

 私が診察した中では▽痛みが強く、起きてもすぐ横になってしまう▽気分もすぐれず、何もする気がなくて外にも出たくない▽ただ痛みに耐えている――ケースが多く見られます。引きこもってしまい、自ら行動することをあきらめてしまっている状態が、このような患者の方々の問題点です。

 さらに、自己正当化して「こんな病気だから仕方がない」「私は悪くない。病気のせいだ」「なんで私ばかりこんな目に合うのか」と考えます。この思考から行為につなげることは難しいでしょう。

 少しでも良くなりたいと願望するのであれば、ネガティブな思考から抜け出して行動することが大切です。それにはコツがあります。思考が変わっただけでは車の前輪の片方が動いたに過ぎません。行為も一緒でないと車の位置は変わりません。思考と行為がセットになることで感情と生理反応に影響が出ます。行為を置き去りにして、くれぐれも実行力不全に陥らないように注意したいものです。

 次回は具体的な心理療法の内容についてお話しします。(了)


 角田智之(つのだ・ともゆき)
 歯科医師・歯科医師臨床研修指導医・日本選択理論心理学会認定選択理論心理士。明海大学卒業後、日本大学医学部歯科口腔外科学教室、久留米大学医学部口腔外科学教室などを経て、2008年に福岡市で「つのだ歯科口腔クリニック」(現在は「つのだデンタルケアクリニック」)を開設した。

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