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介護施設の魅力 第38回

 人生の最終章をどこで送るか(送りたいか)。さまざまな調査では、「自宅」が最も多い。

人生の最終章をどこで過ごすのか。介護施設のポテンシャルを改めて考えてみたい

 ◇自宅を選ぶ理由

 厚生労働省の「令和4(2022)年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」によれば、一般国民の約44%、医師・看護師・介護支援専門員(ケアマネジャー)の専門職では、56〜58%が、自宅で最期を迎えたいと答えている。その理由としては、「住み慣れた場所で最期を迎えたいから」「最期まで自分らしく好きなように過ごしたいから」「家族等との時間を多くしたいから」という回答が多い。

 しかし、実際に自宅で死亡する人は約17%で、意に添わない死に場所を選ばざるを得ない人がいまだに多い(厚労省令和4年人口動態統計)。つまり、多くの人が住み慣れない場所で、自分らしさの実現を諦め、家族から離れて人生の最終章を送らざるを得ないという現実がある。

 ◇自宅を選ばない理由

 前出の意識調査では、自宅以外で最期を迎えることを希望した人にその理由を聞いている。それによると、「介護してくれる家族等に負担がかかるから」が圧倒的に多い。

 家族への負担を軽減するために、自分の真の願いを封印する人が多いのだ。

 ◇自宅以外は医療機関を

 自宅以外で最期を迎えたい人は、医療機関と介護施設のどちらを希望するのか。意識調査では、介護施設よりも医療機関の希望がいまだに多数を占めている。

 一般国民は4.1倍、医師は2.7倍、看護師は4.5倍、介護支援専門員は3.6倍の人が介護施設よりも医療機関を希望する。実際、人口動態統計では、約66%の人が医療機関で最期を迎えるのに対し、介護施設は16%に満たない。ちなみに、自宅で最期を迎える人は、17.4%となっている。

 それほどまでに、介護施設は人生の最終章を送る場所として、ふさわしくないのだろうか。

 ◇介護施設で最終章を過ごすこと

 ある介護施設の施設長は「介護施設でターミナルケアを実施することは十分に可能になっている」と前置きした上で、「最期のその日まで、その人らしく暮らすことをスタッフ全員で支えることができるのが介護施設だ」と強調する。

 介護施設は病院と比べ、患者(入所者)1人当たりの居住スペースが広い。病院では多床室がいまだに主流であるのに対し、介護施設では個室が多くなっている。食堂やリハビリ室、行事やレクリエーションなどの活動を行うための共用スペースも広い。さらに、人生の最終幕の際に、病院のように点滴などのチューブにつながれたままの状態になることは少ない。

 つまり、介護施設は自宅での療養生活が不可能な場合に選び得る、魅力的な選択肢と言える。

 ここで、自宅での暮らしと比較しながら、介護施設のポテンシャル(可能性としてもっている能力)を列挙していきたい。

 ◇おおむね安全である

 24 時間体制の職員配置、介護技術を習得したスタッフや医療職の存在、バリアフリーの施設内設備、介助者付きの入浴、毎日の健康チェック、身近な話し相手の存在など。施設間に格差があり、職員による虐待、入所者による暴力がないことが前提とはなるが、介護施設での暮らしは、おおむね安全と言える。

 ◇介護施設なら暮らせる人も

 介護施設、特に特養、老健、介護医療院といった介護保険施設では、寝たきりの人も、認知症の人も、医療依存度が比較的高い人も受け入れる。

 火の取り扱いに神経をすり減らさなくても、徘徊を防止しようと常時監視したり、部屋に鍵を掛けたりしなくても、介護疲れが高じていがみ合いの罠にはまらなくても、ごみの山に埋もれなくても、あすの食事に心を砕かなくても、悪徳商法の恐怖におびえなくても、介護施設に入れば何とかなる。

 ◇ADLの向上も

 ADLとは、日常生活送るために必要な動作のことだ。

 歩くことを諦め、自宅でもんもんとしていた人が入所すると再び歩けるようになったという話をよく耳にする。経管栄養から口からの摂取に変わった、おむつが取れてトイレが自立できた、着替えができるようになったなど、医療、リハビリ、介護、栄養などの多職種協働によるアプローチでADLが改善することも多い。

 ◇24時間のデータを収集

 バイタルサインに始まり、水分や食事の摂取量、排尿・排便の時間や量、薬の内容と服薬時間、体重の増減など。「科学的介護」の観点から、厚労省がデータ収集を推奨していることもあり、入所者のデータを継続的に蓄積している施設も増えて来た。

 データを分析し、日々の観察や介護記録などとクロスさせることで、さまざまな因果関係を探ることができる。

 どのようなケアで状態が改善したのか、どんな時に体の不調を訴えるのか、血圧の上昇下降や発熱に影響を与えるものはないか、認知症の行動・心理症状(BPSD)が起こる日と起こらない日は何が違うのかなど、自宅では難しいアプローチが介護施設では実行できる。

 ◇在宅生活継続のために

 自宅での暮らしを続けるために施設を利用することもできる。「栄養状態が悪くなった」「昼夜逆転など生活のリズムが乱れた」「ADLが落ちた」などといった状態を改善するために施設を利用してもよい。介護施設では、「治る・改善できる」と思えば、そこに人的資源を集中投下することができる。

 ◇家族が学べる

 介護施設では、多様な専門職が日々のケアに関わっている。これがチームアプローチであり、多角的な視点から入所者それぞれに最適な介護法を見つけることができる。

 自宅での暮らしを続けながら、介護施設を定期的に利用することで、最適な介護法を家族が学ぶことが可能だ。

 ◇プラスアルファの介護

 自宅では、食事、排泄、保清、健康状態の維持管理など、生きて行くために必要なケアを一つひとつ組み立てる必要がある。

 一方、介護施設ではそうしたケアは定番メニューとしてすでに存在する。だから、介護施設ではその上に、暮らしを豊かにするケアを積み上げることができる。

 優れた介護施設を見つけることが前提だが、自宅や病院では難しいケアも介護施設では可能となることが少なくない。

 病院はあくまでも治療機関であり、介護施設は暮らしを支える機関なのだ。人生の最終章を送る場所として、介護施設は自宅とともに有力な選択肢であると言えるだろう。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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