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あるケアマネジャーの後悔 第33回

 国立社会保障・人口問題研究所が4月12日に公表した「日本の世帯数の将来推計」によれば、2020~50年の間に一人暮らしの高齢の(65歳以上)男性は16.4%→26.1%、女性は 23.6%→29.3%になるという。

転院から2カ月後、女性患者は病院の多床室でうつろな目で横たわっていた

転院から2カ月後、女性患者は病院の多床室でうつろな目で横たわっていた

 ◇近親者のいない一人暮らし高齢者が急増

 高齢単独世帯に占める未婚者の割合も急増し、同期間で男性は33.7%→59.7%、女性は 11.9%→30.2%になると予測されている。

 未婚者だから基本的に子どもはいない。加えて、本人の兄弟姉妹も加齢とともに減っていく。かくして、近親者がまったくいない高齢単独世帯が増えていく。

 ◇代弁者、アドボケーター

 世話にならなくては、暮らしが成り立たない要介護高齢者たちが頼ることができる最後のとりでの一つは、介護保険サービスのスタッフだ。

  中でもケアマネジャーは、身寄りのない高齢者たちの相談相手になってくれるばかりか、アドボケーターの役割を担ってくれることもある。

 アドボケーターとは、自分の権利や意見をうまく伝えることのできない要介護高齢者などの代わりに、権利や意見を代弁する人である。

 ◇アドボケーターに必要なもの

 ただ、アドボケーターには代弁者に足りるスキル、価値観、信念が必要であり、ケアマネジャーなら誰でもその役割が果たせるものではない。

 さらに、ケアマネジャー自身にその思いがあったとしても、実際の支援の場では、その思いを遂げることが難しい現状がある。

 これは、悔やんでも悔やみきれないあるケアマネジャーの支援の記憶である。

 ◇入院した利用者

 ケアマネジャーが担当していたのは、要介護3の80代の女性だった。女性は、介護保険の在宅サービスを利用して一人暮らしを続けていた。介護サービスをうまく使えば、施設に入所しなくても、在宅での暮らしを続けることは可能だ。

 ある日、女性利用者は、肺炎を起こして入院。入院中に心臓疾患が見つかり、退院が延期された。2カ月ほどで一通りの治療が終わると、今度は退院を迫られた。

 ◇一転した状況

 退院後に自宅に迎える準備を整え、病院に出向いたケアマネジャーに女性利用者は言った。

 「本当は家に帰りたいよ。お父さんと一緒につくった家だからね」

 夫は5年前に他界した。

 「でもね、ここの先生が病院を移るように勧めるんだよ。しっかり治して自宅に帰りなさいってね」

 すでに転院先は決まっていた。隣町にあるケアミックス病院(一般病床と療養型病床の混合型病院)だった。

 ケアマネジャーが「それでいいんですか」と念を押すと、「だって、仕方がないじゃないの、病院の先生がそうしなさいって言うんだもの」と力なく答えた。

 ケアマネジャーは、本人の意思を覆すことをしなかった。

 ◇医師の発言

 その後、ケアマネジャーは病院の地域医療連携室に立ち寄り、退院が転院に変わった理由を尋ねると、医療ソーシャルワーカーは次のように答えた。

 「退院することは決まっていたんですが、主治医が自宅はまだ無理と、自宅への退院を反対してね。仕方がありません」

 医師の一言は、医療現場にも患者にも重過ぎる。

 ◇2カ月後

 それから2カ月後、ケアマネジャーは女性の転院先に足を延ばした。

 そこで目にしたのは、6人部屋に並んだベッドの上で、ベッド柵に囲まれ複数のチューブにつながれている女性の姿だった。2カ月前は、家の帰ることができるほどに回復していたはずだ。何があったのだろうか。目の前にいる女性は、目をうつろに開き、手はナースコールを強く握りしめていた。

 ケアマネジャーは、こみ上げるものを堪えて呼び掛けた。しかし、返ってきたのは「看護師さん、腰が痛いよ〜」という訴えだった。女性は、ケアマネジャーの顔を忘れていた。

 「○○さん、○○さん」

 ケアマネジャーは女性の名前を呼び続け、「家に帰りましょう。○○さんのおうちに、もう一度帰りましょう」と心の底から語りかけた。

 しかし女性は、「腰が痛いよ〜、何とかしておくれ」と返事をするだけだった。

 ◇半月後

 それからわずか半月後、女性は帰らぬ人となった。

 転院の前に女性は、「本当は家に帰りたいよ」と言った。その言葉の重みを受け止めることができたのだろうかと、ケアマネジャーは痛恨の思いで振り返る。

 転院を勧めた主治医に、要介護状態になっても自宅での一人暮らしが可能なことを進言できなかったのだろうか。さらに、転院先に2カ月も空けずに面会に出向けば、もう少し違った展開を用意できたのかもしれない。

 だが、そのどれもが取り返しのつかない過去の出来事となったのだ。

 ◇痛恨の記憶

 目を閉じれば、病室でナースコールを握りしめていた女性の姿がくっきりと浮かぶ。女性の心の思いを、自分は本当に聞くことができたのだろうか。

 苦々しくかみしめる痛恨の記憶。ケアマネジャーは「二度と繰り返しはしない」と胸に誓い、支援に当たっている。

 しかし同時に、自分一人で闘うことの無力さを感じる退院支援の日々が続いている。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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