こちら診察室 医療チームの一員! ホスピタル・ファシリティドッグ

人の最良の友、「犬」だからできる動物介在療法 【第3回】山本真理子・帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科講師

 ペットの犬と一緒に散歩をしていると、地域に顔見知りが増えていきます。すれ違う時に笑顔を向けてくれる方や、「(犬に)あいさつしてもいいですか」「かわいいですね」と声掛けしてくれる方。そこから少し立ち話に発展することも珍しくありません。

 これは筆者が飼育しているペットの犬の話です。特別な訓練をしているわけでも、人が大好きな犬というわけでもありませんが、人とのつながりや笑顔を生み出してくれます。

 猫、ウサギ、小鳥、魚など、多くの動物が人と生活していますが、犬はその中でも特別な存在。なぜ犬は特別であり、動物介在療法[1]などで多く活用されているのでしょうか。

大学を訪問したファシリティドッグ候補犬のミコ(左)、トミー。人と犬の穏やかな交流時に増加する“幸せホルモン”そのままの笑顔で

 ◇「自分を必要としている人」を見分ける

 犬は最も長く人と共に暮らしてきた動物で、祖先であるオオカミから分かれたのは3万~10万年前といわれています。イスラエルにあるアインマラハ遺跡からは、子犬に寄り添って埋葬された老婦人が発掘されています。遺跡は1万2000年ほど前のものであることから、この頃にはすでに人と犬が親しい関係を構築していたことが伺われます。数万年という長い年月の中で、人と犬は互いに影響を与えながら進化してきました。

 「部屋にいる複数の人の中で、犬は自分を必要としている人を見分けて、自らその人に寄り添っていた」

 「ふれあいを終えようとしても、犬がその人のそばから離れず、もう少し一緒にいようとしていた」

 これは動物介在療法の現場で働く方々から、時々耳にするエピソードです。このような犬のふるまいが、結果的により良い効果につながったという話も聞きます。これは犬が超能力を持っているからというわけではなく、犬が人の行動や細やかなしぐさを読み取ることに長けており、人の状態の変化に気付くことができるためであると考えられています。これも進化の過程で犬が獲得してきた能力と言えるでしょう。

 また、犬は成長しても幼い頃のように遊ぶことが好きな動物です。これはネオテニー(幼形成熟)といって、家畜化により幼い頃の性質を持ったまま成長するためです。人と一緒に走り回ったり、ボールを追いかけたり、引っ張りっこをしたりと、犬はさまざまな活動を通して人と楽しむことができます。

 ◇人と犬、「両者」に良い影響が大切

 さらに、人と犬の関係に関するこれまでの研究からは、人と犬が穏やかに交流している時、愛着や信頼にも関わる“幸せホルモン”とも呼ばれるオキシトシンが、人と犬の双方で増加することが示されています。また、犬は褒める声を聞くと脳の「報酬に関わる部位」が活性化することがfMRI[2]を使った研究で分かっています。

 このように、人との交流で、犬もポジティブな影響を得ているということが医療の場面などで犬が力を発揮できる大切な要素の一つです。

「穏やかで、人との関わりを楽しめる」性質を生かし、子どもとの遊びの時間を創出する

 犬は他の動物と比べ、人とのコミュニケーション能力に長けている、人との交流を楽しめる性質ですが、全ての犬がそうとは限りません。例えば、飼い主以外の人は受け付けないという犬。こうした犬は見知らぬ人に囲まれたり、なでられたりすると、頻繁にあくびをする、浅く速い呼吸(パンティング)をする、体をこわばらせるなど、さまざまなストレス行動を示します。このようなストレス行動を見ることは、人の心理状態に負の影響を与えます。

 動物介在療法においても、「犬」がいればよいのではなく、「穏やかで、人との関わりを楽しむ犬」の存在により、安全な環境と穏やかな心理状態を対象者にもたらすことができるのです。

 ◇支えるハンドラーが不可欠

 犬は人とは違い、表現する行動と感情に齟齬(そご)が無い、素直な動物です。嫌なことがあればそれを避けようとし、好きなことであればそれを求めようとします。そんな性質の犬が自らの意志で人に近づき、人に寄り添う(時には、安心してそのまま寝てしまう)ことは、関わる人にとって、自分が無条件に受け入れてもらえるような感覚を覚えることでしょう。

 自発的に人に近づこうとする性質は、動物介在療法にも欠かせない要素です。犬は訓練性能が高い動物。トレーニングを通して人が求める行動を習得するのが得意です。そのため、「人の横について歩く」「伏せる」「待つ」「ただじっとして動かない」こともできます。

 しかし、ハンドラーにそうするように言われたから置物のようにそこにいる犬からは、限定的な効果しか得られないでしょう。動物介在療法に大切な犬の自発性の根底にも、ここまで繰り返し述べてきた「穏やかで、人との関わりを楽しむ」ことのできる犬の性質があります。

 一方、そのような性質を持つ犬であっても、苦手なシチュエーションや緊張感のある場面では、疲れを感じる可能性は十分にあります。その時に、きちんと犬の状態やボディーランゲージを読み取り、適切な対応を取れる人間(ハンドラー)が身近にいることが犬にとってストレスを抱え込まないために不可欠です。

 動物介在療法において、犬が他の動物と比べて、特別に力を発揮することができているのは、「人との関わりを楽しめる」という性質が最大限に引き出されていて、活躍できる配慮がなされているためと言えます。(了)

[1]動物介在療法=適切な訓練を受けた適性のある動物を組み入れて行われる治療アプローチ。医療従事者の指示、もしくは、監督の下、計画的に実施され、その経過が評価・記録される。

[2]fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)=脳を対象とした断層画像を取得するための装置・技術。脳の構造情報に加え、機能活動がどの部位で起きたかを画像化できる。

山本真理子さん

 山本真理子(やまもと・まりこ) 帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科講師。”働く犬”を研究テーマにUCデービス校で博士研究員を務めた経歴から、日米の使役犬事情に詳しい。介在動物学の専門家として、動物と人間の関係をベースに、動物介在によってもたらされる人への影響や効果を研究している。

【関連記事】

こちら診察室 医療チームの一員! ホスピタル・ファシリティドッグ