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ファシリティドッグの育成 【第4回】楽しんで活動できるように、ポジティブトレーニングを軸に

 ファシリティドッグ(病院で活動するために専門的なトレーニングを受けた犬)・トレーナーの平沢と池上です。

 こども病院にファシリティドッグを派遣する認定NPO法人「シャイン・オン・キッズ」では、2009年のプログラム開始から約10年間、米国の補助犬育成団体「アシスタンス・ドッグス・オブ・ハワイ(※1、以下ADH)」とパートナーシップを結び、ファシリティドッグとしてトレーニングされた犬を譲り受けてきました。しかし、国内需要の高まりを受けて育成事業に着手。23年に神奈川県に拠点を設け、介助犬育成人材を輩出する米バーギン大学 (※2)出身の育成マネージャーとトレーナー3人で、現在、5頭の候補犬育成に取り組んでいます。

退院後の子どもたち向けのイベントに候補犬が参加することで、子どもたちの社会参画を促し、自己肯定感の醸成につなげることも目指す

 ◇候補犬の選定

 ファシリティドッグのトレーニングには、時間的にも経済的にも貴重な資源を多く必要とします。より育成率を上げるために、使役犬(ワーキングドッグ)の輩出に実績のある系統の繁殖犬の子犬を厳選して育てます。このため、犬種は盲導犬や介助犬といった補助犬の歴史の中で、育種選抜がされてきたラブラドール・レトリーバーとゴールデン・レトリーバーが比較的多くなっています。

 シャイン・オン!キッズでは、働く犬に特化したブリーダーである「サービス・ドッグス・オーストラリア」をはじめ、ファシリティドッグの繁殖実績が多い海外ブリーダーから候補犬を確保しています。また、ADHで基礎トレーニングされた犬を導入しています。

 ◇候補犬のトレーニング

入院経験者を相手に「ビジット」(顎を乗せる)というキューを練習している様子

 補助犬育成団体の世界的な統括組織である「アシスタンス・ドッグス・インターナショナル(※3、以下ADI)」の基準に沿って育成を進めるため、ADIの認定育成団体で実務経験のあるドッグトレーナーを起用しています。育成期間に決まりはなく、犬の個性や学習スタイルに応じて約1年半から2年かけて進めます。

 <正の強化法によるトレーニング>

 犬が望ましい行動を取った直後に、その犬にとって報酬となる何かを与える方法です。報酬は「Good!(グッド!)」と声で褒める、一緒に遊ぶ、おやつをあげるなど、その犬が一番うれしいと感じるものを選びます。望む結果を得るために何をすればよいかという情報を与え、犬が自分で考える力を育みます。

 この方法を用いて、特定の行動を取るように伝えるキュー(合図)を学びます。基本的な「Sit(お座り)」「Down(伏せ)」に加え、「Snuggle(添い寝)」や「Switch(限られたスペースで体の向きを変える)」などファシリティドッグに特有なものを含めて60個以上を習得します。

 <社会化トレーニング>

 1歳頃までは、主に「社会化トレーニング」といって、犬が人間社会の日常に順応できる社会性を身に付けるトレーニングを行います。これは、ペット犬にとっても、人と社会で一緒に暮らす上で重要なトレーニングです。さまざまな音、匂い、感触、新しい環境や人と出会いながら「良い経験」を積み重ねることで適応力のある犬に育てます。働く犬の場合はペット以上に専門的に進めるのが特徴で、「ショッピングモールに行く」「年配の方と触れ合う」などが含まれます。

 また、学校や企業への訪問、イベント参加を通じて、さまざまな環境や多くの人と交流し、社会性を身に付けていきます。病院外の多くの方にファシリティドッグのことをお伝えし、触れ合う機会が多いことが候補犬の特徴です。候補犬にとってはトレーニングの機会であり、関わる方にも楽しい時間を過ごしていただいています。

 将来の勤務中に直面し得る、あらゆるシチュエーションに対応できるようにするため、体系的に網羅された全78項目を学び、病院内でも堂々と、自信を持って過ごせる犬になることを目指します。

 ◇候補犬の日常生活

 候補犬は日ごろ、ドッグトレーナーと育成拠点で過ごしています。子犬の時期は全ての事に興味津々で、いろいろな物をかんだり、トイレに失敗したり。日常生活を送る中で、かんではいけない物があること、テーブルの上にある物を取ってはいけないなど、家の中でのマナーを学ぶことも大切です。

 トレーナーの前ではいい子に振る舞うけれど、出先や初めて会う人の前でマナーを守れるよう、預かりボランティアの方の家で過ごすなど、社会生活の経験を重ねていきます。私たちトレーナーは、育成拠点以外の場所で、トレーナーがいない時に候補犬がどのような行動をするのか、どのような様子なのかも把握し、トレーニングを進めていきます。

医療資格を持つドッグトレーナーが育成を担うことで、医療安全を担保したトレーニングをしながら、かつ入院中の子どもたちの心のケアにも参加できるのが強み

 候補犬たちは、トレーニングとは別に、オフの時間も大切です。トレーナーや預かりボランティアの方々が大きな公園や海、山などに連れて行き、大型犬ならではのダイナミックな遊びをたっぷり行い、リフレッシュしています。

 ◇専門的なトレーニング

 1歳以降は、病院内での実践的なトレーニングを積極的に行います。病院特有の環境に慣れることを目標に、院内全体を探検しながら医療機器を見たり、アラームの音や院内アナウンスを聞いたり、消毒液の匂いを嗅いだりして経験を積んでいきます。さらに、処置や検査の付き添い、ベッド上での添い寝を練習する中で、学んだキューをきちんと実践できるかの習熟度合いを確かめます。ここで重要なのは、キューを覚えているだけではなく、育成拠点以外のどんな場所でも、またトレーナー以外の人に対しても同じように行動できるかどうかということ。トレーニングの各段階で行ってきた進捗(しんちょく)チェックの最終段階と言えます。

 さらに、候補犬は卒業試験といえる2種類のテストを行います。一つは、病院内で安全に活動するためのスキルを習得しているかのチェック。二つ目は、ADIの基準を参考に行う公共の場でのマナー評価です。1頭ごとにトレーニングの進捗は異なりますが、これらのテストに全て合格し、働く犬として心身ともにふさわしい状態だという獣医師の診断を得て、ファシリティドッグとしての活動をスタートします。(了)

※1 Assistance Dogs of Hawaii:シャイン・オン!キッズが設立当初から連携している、ハワイ・マウイ島にあるファシリティドッグを含む介助犬のトレーニング施設

※2 Bergin Universitiy of Canine studies:世界で最初に介助犬の訓練、育成を始めた大学。ボニー・バーギン氏がカリフォルニア州サンタローザに創立。世界中へ多数の育成人材を輩出している

※3 Assistance Dogs International:補助犬育成団体の世界的な統括組織。世界30カ国にある約150の非営利の補助犬育成団体で構成される国際連合


平沢佳奈さん

平沢佳奈(ひらさわ・かな) ファシリティドッグ・トレーナー。10年順天堂大学医療看護学部卒。同年同大学医学部付属静岡病院入職。16年Bergin University of Canine studies卒業後、ADH、公益財団法人ヒューマニン財団で補助犬や保護犬の育成事業に従事。19年大学保健課に勤務、22年シャイン・オン!キッズに看護師資格を持つドッグトレーナーとして入職。


池上茉実さん

池上茉実(いけのうえ・まみ) ファシリティドッグ・トレーナー。18年Bergin University of Canine Studies卒。18年Paws for Purple Hearts(アメリカのNPO団体)で介助犬やファシリティドッグの育成や、犬と共に生活する人(クライアント)への研修などに従事。23年シャイン・オン!キッズにドッグトレーナーとして入職。 

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