学校法人武蔵野大学
医薬品の合成や機能性材料の創製において新たな可能性を提供
武蔵野大学薬学部薬学科(東京都西東京市、学長:西本 照真)の重久 浩樹講師、北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の美多 剛教授、Adam Mickiewicz University in PoznańのBartłomiej Szarłanさん(大学院生)らの共同研究グループは、コバルト触媒反応が多様な低分子骨格の構築に有効なことを明らかにしました。
さらに、AFIR法(人工力誘起反応法)※1を利用した量子化学計算によって触媒反応のメカニズムを調査し、生成物が効率的に得られる合理的な説明を可能にしました。
今回の研究結果は2024年10月4日(日本時間)、ACS Catalysis誌にArticleとしてオンライン掲載されました。
※1 人工力誘起反応法(AFIR法)…北海道大学の前田 理教授らが開発した量子化学計算に基づく化学反応経路の探索法。計算で入力した分子に人工的な力(人工力関数)を加え、自動的に反応経路を算出することができる。未知の化学反応に対しても適用可能である
【本件のポイント】
-
コバルト触媒反応により医薬品等に含まれる複素環骨格を効率的に合成-
安定かつ合成容易な原料と一般的な有機溶媒の組み合わせで生成物の多様性を実現-
量子化学計算により反応メカニズムや生成物選択性の理解を深めることにも成功
【本件の内容】
■研究の背景
有機合成化学は、医薬品、農薬、機能性材料などのさまざまな有機分子を人工的に合成するための科学技術です。この分野では、新しい分子構造の研究を通じて社会のさまざまなニーズに応えることを目指しており、新しい合成手法の開発やそのメカニズム解明が常に求められています。特に、複雑な分子の合成には、効率的で選択的な方法が必要であり、それにより新薬の開発などが実現されています。
最近、有機合成化学において金属水素原子移動(metal-catalyzed hydrogen atom transfer: MHAT)が注目されています。MHATは、金属触媒を利用して水素原子を移動させ、ラジカル中間体を生成する反応です。このラジカル中間体は非常に反応性が高く、従来の方法では困難だった合成法の開発に有効です。MHATの最大の特徴として穏やかな反応条件で反応を進行させるため、複雑な分子構築において重要な役割を果たしてきました。研究グループの重久講師は2013年にコバルト触媒を用いたMHATにおいてラジカル・ポーラー・クロスオーバー(RPC)を組み合わせた新たな手法を開発しています。この手法では、ラジカル反応経路がイオン反応経路に移行することで、より多様で高度な分子構造の合成が可能になりました。この方法はこれまでに国内外の化学者によって応用されるようになりました。
図1. 従来法と新反応のイメージ図
今回、本研究では医薬品などに含まれる複素環※2と呼ばれる骨格の合成を行いました。これまでのMHAT/RPC法による複素環構築では「1結合形成による環化(cyclization)」によって行われてきました(図1)。一方、今回の研究成果では「2結合形成による環化(annulation)」へ展開できることを見出し、複素環合成の適用範囲を大幅に拡大することに成功しました。この方法は高度な分子構造の構築に有効であり、医薬品の合成や機能性材料の創製において新たな可能性を提供します。
※2 複素環…窒素、酸素、硫黄などが導入された環状分子構造
■研究手法及び研究成果
図2. 本研究で合成した化合物群
特に注目すべきは、原料や反応溶媒の選択により適用範囲の幅が広がった点です。今回はアセトン※3と呼ばれる一般的な反応溶媒を用いることで、単に原料などを溶解させるためでなく、独特な環構造の分子を形成するパーツとしての役割も果たすことがわかりました(図2)。反応溶媒はアセトンだけでなく、アセトニトリル※4などを用いることで多様な分子構造を合成できることが確認されています。
さらに、この研究では、反応のメカニズムをより深く理解するために「AFIR法(人工力誘起反応法)」と呼ばれる特殊な計算技術を取り入れました。AFIR法は、量子化学計算の一種で、分子がどのように反応するかをシミュレーションし、エネルギー変化や反応メカニズムを予測するための強力なツールです。この技術を使うことで、反応の途中でどのような分子(中間体)が一時的にできるのか、どの段階が反応の鍵となるかをコンピュータで予測し、実験と組み合わせることでより反応メカニズムの深い理解につながりました。今回は反応の途中で形成される「カチオン性アルキルコバルト錯体」という中間体が生成物の種類や選択性にどのように影響するかを理解できました。このように、実験と最先端の計算技術を組み合わせることで新しい合成手法が確立され、将来的には医薬品開発や材料科学への応用が期待されています。これにより、革新的な薬や新しい材料の開発がより迅速に行われる可能性があります。
※3 アセトン…ケトン類のなかで最も単純な構造を持つ一般的な有機溶媒の一つ
※4 アセトニトリル…ニトリル類のなかで最も単純な構造を持つ一般的な有機溶媒の一つ
■今後の展開
今回の研究で確立した新しい合成手法は、医薬品や機能性材料の開発において、大きな可能性を秘めています。今後は、さらに多様な基質に適用できるよう反応の改良を進め、より広範な分子の合成が可能となるように研究を展開します。計算化学の側面では、AFIR法を用いたシミュレーションをさらに発展させ、反応メカニズムの詳細な解明に努めます。実験で得られたデータと計算結果を組み合わせることで、反応の選択性や中間体の役割をより深く理解し、反応条件の改善に繋げます。最終的には、新しい合成手法を用いて、より迅速かつ効果的に高機能な分子を設計・製造することで、次世代の医薬品や材料の開発に寄与し、科学技術のさらなる発展に貢献していきます。
【論文情報】
【「WPI-ICReDD」について】
ICReDD(Institute for Chemical Reaction Design and Discovery、アイクレッド)は、文部科学省国際研究拠点形成促進事業費補助金「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択され、2018年10月に北海道大学に設置されました。WPIの目的は、高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準の研究を行う「目に見える研究拠点」の形成であり、ICReDDは国内にある18の研究拠点の一つです。ICReDDでは、拠点長の下、計算科学、情報科学、実験科学の三つの学問分野を融合させることにより、人類が未来を生き抜く上で必要不可欠な「化学反応」を合理的に設計し制御を行います。さらに化学反応の合理的かつ効率的な開発を可能とする学問、「化学反応創成学」という新たな学問分野を確立し、新しい化学反応や材料の創出を目指しています。
本研究は、「文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)」(23K26661)、「内藤記念科学振興財団」、「中外創薬科学財団」、「JST ERATO(前田化学反応創成知能プロジェクト)」(JPMJER1903)、及び、University of Tomorrow II- integrated development program of Adam Mickiewicz University in Poznańの支援のもとで行われました。
【問い合わせ先】
武蔵野大学 薬学部
講師 重久 浩樹(しげひさ ひろき)
TEL:042-468-8696 E-mail:cgehisa@musashino-u.ac.jp
【武蔵野大学について】
武蔵野大学 武蔵野キャンパス
1924年に仏教精神を根幹にした人格教育を理想に掲げ、武蔵野女子学院を設立。武蔵野女子大学を前身とし、2003年に武蔵野大学に名称変更。2004年の男女共学化以降、大学改革を推進し12学部20学科、13大学院研究科、通信教育部など学生数13,000人超の総合大学に発展。2019年に国内私立大学初のデータサイエンス学部を開設。2021年に国内初のアントレプレナーシップ学部を開設し、「AI活用」「SDGs」を必修科目とした全学共通基礎課程「武蔵野INITIAL」をスタートさせる。2023年には国内初のサステナビリティ学科を開設
。2024年には世界初のウェルビーイング学部を開設する。2024年の創立100周年とその先の2050年の未来に向けてクリエイティブな人材を育成するため、大学改革を進めている。
武蔵野大学HP:
https://www.musashino-u.ac.jp/
【関連リンク】
■ 北海道大学 化学反応創成研究拠点 (ICReDD) :
https://www.icredd.hokudai.ac.jp/ja
■ 武蔵野大学薬学部薬学科:
https://www.musashino-u.ac.jp/academics/faculty/pharmacy/pharmaceutical_sciences/
企業プレスリリース詳細へPR TIMESトップへ
(2024/10/21 11:00)
- データ提供
-
本コーナーの内容に関するお問い合わせ、または掲載についてのお問い合わせは株式会社 PR TIMESまでご連絡ください。製品、サービスなどに関するお問い合わせは、それぞれの発表企業・団体にご連絡ください。