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咬筋容積の低下がサルコペニアリスクを高める

学校法人 順天堂
-MRIを用いた日本人高齢者の大規模調査から新たな知見-

 順天堂大学医学研究科スポートロジーセンターのアブドラザク アブラディ研究員、スポーツ医学・スポートロジー 筧佐織特任助教、田村好史教授らの研究グループは、東京都文京区在住高齢者1,484名を対象に、MRIを用いて咬筋容積を測定し、サルコペニア発症リスクとの関連性を明らかにしました。本研究では、咬筋容積が小さい場合、栄養摂取量とは無関係にサルコペニアのリスクが著しく上昇することが示され、特に男性においてはそのリスクが6.6倍に達することが判明しました。また、咬筋と四肢骨格筋の特性を比較することで、咬筋容積に影響を与える機能的および遺伝的要因についての新たな知見が得られました。この発見は、サルコペニアの予防や早期診断における革新的な手法として活用される可能性があります。本論文はArchive of Medical Research誌のオンライン版に2024年10月16日付で公開されました。


■ 本研究成果のポイント
日本人高齢者1484名を対象に咬筋容積をMRIで測定し、サルコペニアとの関連を調査

咬筋容積が小さいほどサルコペニアリスクが男性で6.6倍、女性で2.2倍に上昇

咬筋容積を新たなサルコペニア診断指標として活用し、個別化治療の可能性を示唆



■ 背景
 サルコペニアは、高齢期における筋肉量の減少や筋力低下を特徴とする疾患であり、高齢者の健康リスクや介護の必要性を高める主な要因の一つです。これまでの研究では、サルコペニアの要因として体重減少や身体活動量の低下など、日常的な重力に逆らう動作の影響が強調されてきましたが、これに加えて栄養状態、ホルモンバランス、遺伝的要因、炎症などが重要な役割を果たすことも明らかになってきました。これに対して、咬筋は体重負荷のかかる日常活動には関与しないため、その容積である咬筋容積の決定因子が四肢骨格筋量とは異なることが予想されます。しかしながら、これまで咬筋容積とサルコペニアとの関連はいくつか報告があったものの、その詳細については十分に解明されていませんでした。

■ 内容
 研究グループは、文京ヘルススタディ(*1)に参加した1,484名の日本人高齢者(男性603名、女性881名、平均年齢73.0±5.3歳)を対象に、MRIを用いて咬筋容積を詳細に測定しました。男性の咬筋容積の平均は35.3ml、女性は25.0mlであり、男性が有意に大きいことが確認されました。また、咬筋容積が最も小さいグループは、最も大きいグループと比較してサルコペニアのリスクが著しく高く、男性では6.6倍、女性では2.2倍という結果が得られました。さらに、BMI(*2)、インスリン様成長因子1(Insulin-like Growth Factor 1: IGF-1)(*3)、喫煙習慣、ACTN3 R577X遺伝子多型(*4)などこれまで骨格筋量への影響があると報告のあった因子について、咬筋容積あるいは四肢骨格筋量への影響を比較検討したところ、BMIは両者に対して正の相関を示し、特に四肢骨格筋量に強い影響を与えることが確認されました。一方、IGF-1は咬筋容積に対してのみ有意な正の相関があり、四肢骨格筋量には影響を与えませんでした。喫煙習慣は女性において咬筋容積を減少させる傾向が見られ、ACTN3 577XX遺伝子型は男性において咬筋容積の減少と関連がありましたが、四肢骨格筋量との関連は認められませんでした。これらの結果から、咬筋容積と四肢骨格筋量には異なる決定因子が存在し、それぞれの筋肉量に対する影響は一様ではないことが示唆されます。特に、咬筋容積は遺伝的要因やホルモンなどの影響を強く受ける一方で、四肢骨格筋量は年齢やBMIの影響が大きいことがわかりました。
この研究の意義は、咬筋容積がサルコペニアのリスクを評価する重要な指標となる可能性を示した一方で、咬筋容積と四肢骨格筋量の決定因子が異なっていた点にあります。近年サルコペニアに対するさまざまな要因が挙げられる中、咬筋容積が遺伝要因やホルモン因子のような日常の活動量以外の影響を強く受ける可能性が示唆され、特に、頭部MRIが行われる際に咬筋容積の測定を追加することで、サルコペニアリスクの早期発見に寄与することが期待されます。

■ 今後の展開
 今回の研究は、咬筋容積がサルコペニアリスクの新たな指標として有用であることを示し、特に四肢骨格筋とは異なるメカニズムによって影響を受けることを明らかにしました。この知見は、CTやMRI検査を行う際に咬筋容積の測定を追加することで、サルコペニアの早期診断やリスク評価が可能になる可能性を示唆しています。また、遺伝的要因を考慮した個別化医療や予防プログラムの構築にも寄与することが期待されます。
今後の研究では、咬筋容積と他の全身の筋肉量や機能の関連性をさらに詳細に調査するとともに、骨格筋量減少と関連する他の疾患との関連を調査し、サルコペニア予防のための包括的なリスク評価モデルを開発することが重要であると考えています。


図1:本研究で明らかになった咬筋量とサルコペニアの関連 
MRI画像を用いて咬筋の3次元画像を再構築し、咬筋容積を算出しました。算出された咬筋容積を基にサルコペニアとの関連を調査したところ、男女ともに有意な関連が認められました。特に、咬筋容積が小さいことは、サルコペニアのリスクが男性で6.6倍、女性で2.2倍に上昇することが明らかになりました。


図2:本研究で明らかになった咬筋容積と四肢骨格筋量の決定因子の違い
BMI、年齢、ホルモン因子(IGF-1)、喫煙、遺伝因子(ACTN3)などの骨格筋量への影響を比較したところ、BMIは咬筋容積と四肢骨格筋量の両方に正の相関があり、特に四肢骨格筋量に強い影響を与えることが確認されました。また、年齢は四肢骨格筋量のみ関連していました。IGF-1は咬筋容積にのみ有意な正の相関を示し、四肢骨格筋量には影響を与えませんでした。喫煙習慣は女性の咬筋容積を減少させる傾向があり、ACTN3 577XX遺伝子型は男性の咬筋容積減少と関連がありましたが、四肢骨格筋量との関連は見られませんでした。

■ 用語解説
*1 文京ヘルススタディ: 順天堂大学が認知機能・運動機能などの低下予防を目的として行っている住民コホート研究で、東京都文京区在住の65歳以上85歳未満でランダムに選択された1,629人の高齢者を対象にしています。
*2 BMI: Body Mass Index、ボディマス指数は、体重と身長の関係をもとにした体格を表す指標です。BMI = 体重(kg) ÷ 身長(m)² で示されます。BMIは、肥満度ややせの度合いを判断するための目安として使われ、日本では、一般的に18.5未満がやせ、18.5~24.9が標準、25以上が肥満とされています。
*3 インスリン様成長因子1: Insulin-like Growth Factor 1(IGF-1)は、成長や細胞の増殖、分化に関与するホルモンです。IGF-1は主に肝臓で生成され、成長ホルモンの刺激によって分泌されます。骨や筋肉の成長、修復に重要な役割を果たします。加齢に伴ってIGF-1の分泌量が減少することが知られており、老化や加齢関連疾患にも関与していると考えられています。
*4 ACTN3 R577X遺伝子多型: 筋肉の量や質に影響を与える可能性のある遺伝子多型の一種です。Alpha-Actinin-3: ACTN3遺伝子はα-アクチニン3というタンパク質をコードしており、これは速筋線維(瞬発的な動きを担う筋肉)に多く含まれています。この遺伝子における577番目の位置で「X」のバリアントを持つと、α-アクチニン3が作られなくなります。577XX型の人は、速筋の機能が低下し、持久力に優れることが多いとされ、高齢期には骨格筋量が少なくなる可能性も示唆されています。

■ 原著論文 
本研究はArchive of Medical Research誌のオンライン版に2024年10月16日付で公開されました。
タイトル: Masseter Muscle Volume and Its Association with Sarcopenia and Muscle Determinants in Older Japanese Adults: the Bunkyo Health Study
タイトル(日本語訳): 日本人高齢者における咬筋量とサルコペニアとの関連および決定因子
著者:Abulaiti Abudurezake 1), Saori Kakehi 1,2), Futaba Umemura 2), Hideyoshi Kaga 3), Yuki Someya 4), Hiroki Tabata 1), Yasuyo Yoshizawa 5), Hitoshi Naito 3), Tsubasa Tajima 3), Naoaki Ito 3), Hikaru Otsuka 2), Huicong Shi 2), Mari Sugimoto 2), Shota Sakamoto 2), Yukiko Muroga 2), Hidetaka Wakabayashi 6), Ryuzo Kawamori 1 2 3), Hirotaka Watada 1,3), Yoshifumi Tamura 1,2,3,5,7)
著者(日本語表記): アブドラザクアブラディ1)、筧佐織1,2)、梅村双葉2)、加賀秀吉3)、染谷由希4)、田端宏樹1)、吉澤裕世5)、内藤仁嗣3)、田島翼3)、伊藤直顕3)、大塚光2)、石薈聡2)、杉本真理2)、坂本翔太2)、室賀悠紀子2)、若林秀隆6)、河盛隆造1 2 3)、綿田裕孝1,3)、田村好史1,2,3,5,7)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科スポーロトジーセンター、2) 順天堂大学大学院医学研究科スポーツ医学・スポートロジー、3)順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学、4)順天堂大学スポーツ健康科学部、5)順天堂大学大学院医学研究科健康寿命学講座、6)東京女子医科大学リハビリテーション医学講座、7)順天堂大学国際教養学部
DOI: 10.1016/j.arcmed.2024.103095

本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業(S1411006)および科研費(18H03184)、公益財団法人ミズノスポーツ振興財団、公益財団法人三井生命社会福祉財団の助成を受け実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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