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ある夏の暑い日、外来に通院中の患者さんが私に冷たいペットボトルのお茶を渡し、バツの悪そうな表情でこう言いました。「間違えてうっかりペットボトルを買ってしまいました。先生、あけてくれませんか」。患者さんは40歳代の女性。腫瘍内科の外来で化学療法(抗がん剤治療)を受けていました。抗がん剤の副作用によって、指先にしびれがあり力が入りにくくなっていたのです。
外観では分からない病気や障害を持つ人がいる
◇「いつも通り」でいる苦労
何も知らなければ、抗がん剤治療を受けていると分からないほど見た目はお元気で、仕事も続けている方でした。
しかし、疲れやすいため長時間の労働は難しく、また吐き気止めや口内炎の薬を使用しながら治療している最中でした。人前で「いつも通り」でいることに、それなりの苦労があったと思います。
抗がん剤治療は、かつては入院して行うのが一般的でした。しかし、近年は外来通院で行うケースが増えています。午前に点滴を受け、午後から出勤する人もいます。薬の安全性が向上し、副作用をコントロールする手段が豊富になったことが理由です。
◇「白い目」で見られることも
ところが、こうした医療の発展は、病気を抱えて日常生活を送る患者さんのつらさや努力を分かりにくくする、という皮肉な側面があります。
もちろんこれは、がんに限ったことではありません。定期的に病院で治療を受けつつ、それまでと同様の日常生活を維持するといった形で「共存できる病気」が増えているのです。
病気と共に生活する方々には、疲れやすい、痛みが出やすい、といった症状が周囲の人から見えにくいため、援助を受けにくいという悩みがあります。場合によっては、電車の優先席に座っていると、「若いのに」「元気なのに」と白い目で見られる、という悲しい事例もあります。
周囲からの支援を求めやすくする「ヘルプマーク」
◇支援を得やすく
病気は必ずしも表に現れるわけではないということは、誰しもが知っていてほしいのです。
「ヘルプマーク」をご存じでしょうか。ヘルプマークは、何らかの病気や障害を持ちながら、支援や配慮を必要としていることが外見からは分かりにくい方が、支援を得やすくするマークのことです。
義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、妊娠初期の方など、外見では分からなくても、援助や配慮を必要としている方は多くいます。突発的な事故や災害などの際に、素早く移動したり階段を上り下りしたりといったスムーズな対応が難しく、そのことが一見すると周囲には分かりにくい方がいます。
◇電車内に標示、街中にも
こうした方々が利用できるよう、東京都は2012年からストラップ型のヘルプマークを配布し、優先席へのステッカー標示などが始まっています。こうした動きは他府県にも広がり、最近は街中でもよく見かけるようになりました。
しかし残念ながら、まだまだ知らない方が多いのが現状です。まずは、全ての病気が必ずしも表に現れるわけではない、という事実を広く知っていただき、病気や障害を持つ方々が困っている時には、進んで手を差し伸べられる社会になれば、と願います。(守秘義務の観点から紹介事例の内容を一部改変しております)(医師・山本健人)
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