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「ピサの斜塔は倒れない」
清掃員を含む全職員381人と面談
~熊本総合病院の軌跡と奇跡〔2〕~

 熊本県八代市にある熊本総合病院は、赤字経営が続き、県内で「つぶれる病院ナンバーワン」とささやかれていた。医師が次々と辞め、病棟も一部閉鎖、前の病院長は急死した。火中の栗を拾うかのごとく、後任に担ぎ出されたのは、消化器外科医として活躍していた島田信也氏だった。

ピサの斜塔の絵ハガキ

 ◇プラス要因を作る

 島田氏は病院長就任のあいさつに立ち、職員全員を前にこう語りかけた。「ピサの斜塔は倒れません。傾いているから価値がある。大丈夫。自分がかかりたいと思うような病院を一緒に作っていきましょう」。思いがけない新院長の言葉に、職員からどっと笑いが起こった。

 この病院に来る直前、島田氏のもとに、アメリカ国立衛生研究所(NIH)でがんの研究に取り組んでいたときの友人から絵ハガキが届いた。ピサの斜塔の写真だった。

 「見た瞬間、これは熊本総合病院だと思いました。隣の大聖堂が労災病院で。でも、有名なのは鐘楼(ピサの斜塔)の方です。傾いているから価値があるのだと」

 さて、どこから手をつけるか。病院のマイナス要因を上げればきりがない。老朽化した建物、汚く狭い病室、増築を重ねた継ぎはぎの病院は、建物自体が限界だった。しかし、負債7億円の現状で病院の建て替えを考える余裕はない。「マイナス要因をなくすことは、すぐにはできません。でも、プラス要因を作ることは、今すぐにでもできる。まずは自分たちを変えていくことから始めようと思いました」

職員との面談ファイル

 ◇職員の思い

 職員が日々、何を思い働いているのかを知りたい。そこで、職員全員381人と面談することにした。清掃員も含め、病院で働くすべての人と1人ずつ。

 「病院のために尽くそうという気持ちがなくなっていたわけですよ。そんなときに全員を集めて話をしても、聞いてもらえない。まず相手の話を聞かなければ。そこで、1対1で言いたいことを言ってもらうようにしました」

 院長に呼ばれて、給料をさらに下げられるのではないかと戦々恐々としていた職員も多かった。本部から人件費削減の要請が来ていたのも事実だったが、島田氏は「みんなで頑張って業績が上がれば給料も上げる」と約束。給料が低い、待遇が悪いと不満を口にしていた職員たちが、病院長室を出るときには、明るい表情になっていく。島田氏は手応えを感じた。

 「『一緒に一肌脱ぐ』と言ってくれる人も出てきましたし、『今まで、この病院のおかげで子どもたちを育てられたから、恩返しがしたい』と言ってくれる職員もいて、うれしかったですね」。面談を重ねていくうちに、職員が「今度の院長は今までとは違う」と前向きに受け止めてくれるようになっていった。

老朽化した病院

  ◇医師減少の悪循環

 職員へのヒアリングと並行して、地域の開業医のもとにも足を運んだ。約3カ月かけて全部で140カ所。診療、手術の合間を縫って、一人で1軒1軒訪問していった。

 「必ず満足していただける診療をしますから、任せてください」。地域の中核病院は、開業医からの信頼なくして成り立たない。自分で手に負えないと思った患者を、安心して紹介してもらえる医療機関にならなければいけなかった。

 医療の質を上げるためには、質の高い医師が不可欠だ。ところが、面談を進める中でも医師はどんどん辞めていった。「医師の数が減り、当直が増え、過重労働になって耐えられなくなる悪循環でした。医師が面談を申し込んできたときは、辞めるときでした。一刻も早く医師を確保しなければと焦りました」

老朽化した病院

 ◇閉鎖診療科を再開

 そのためには大学から敬遠され、医師の派遣を近隣の病院に優先されてしまっていた状況から脱する必要がある。「熊本大学に医師を派遣してもらうよう、毎週のように足を運びました。最初は、職員から要望が多かった整形外科。ところが何と、2人希望していたら3人の派遣を計らって頂いたんです」

 閉鎖していた診療科の再開に向け、大学に通うこと数十回。その結果、少しずつ医師が増えていき、診療科も増加。総合病院としての機能を取り戻すことができた。

【熊本総合病院】
1948年に病床数100床の健康保険八代総合病院として開設。段階的に増床され、2000年には14診療科、344病床にまで拡大した。その後、経営が悪化して次々に医師が辞め、患者数は減少の一途をたどった。熊本県内のつぶれる病院ナンバーワンとまでささやかれたが、06年に院長に就任した島田信也氏は徹底的な改革を断行。グループトップの黒字病院に生まれ変わった。新病院は、地域のランドマーク的な存在になり、街の活性化にも一役買っている。(中山あゆみ)(このシリーズは毎週金曜日に配信します)

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