「医」の最前線 抗がん剤による脱毛を防ぐ「頭皮冷却療法」

患者の苦痛に向き合う
~スタッフもやりがい~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第5回】

 頭皮冷却療法に関して、現在エビデンスがあるのは、術前・術後の化学療法を受ける乳がん患者に対してのみだ。しかし、化学療法による、見た目に関わる副作用を避けたいと願うのは、性別やがん種・病状に関わらない。導入から半年たった今、今後の展望を聞いた。

田村宜子医長

 ◇選択肢があることの大切さ

 虎の門病院では、これから術前・術後の化学療法を受ける乳がん患者すべてに選択肢として提示できるようになったが、現段階で半数以上の患者が頭皮冷却を希望するという。しかし、「選択しなかった場合にも意味がある」と田村宜子医長は話す。

 「患者本人が納得いくかどうかが大切なのではないかと感じています。この選択を知った上でやらないと決めた場合、結果として従来通り脱毛するのですが、きっと気持ちが違うのかなと。当院の患者さんで適応の方には、制限なく選択肢として提示できている。これ自体に意味があるんじゃないかと思います」

 ◇保険適用が実現すれば、さらに多くの患者に

 頭皮冷却療法は自費診療のため、治療にかかる費用の問題もある。虎の門病院の場合、キャップは個人個人の使用になるためオーダーする必要があり、それに約9万円。治療1回当たりの使用料として1万5700円がかかる。乳がんのタイプによって抗がん剤の投与方法が異なるのだが、回数が4~16回になるため、費用も15万~34万円と幅がある。これは都内で治療を受ける場合の平均的費用だが、患者の負担も大きく、断念する例も少なくない。将来的に保険適用されることは、患者から大きな期待が寄せられていくだろう。

 ◇チームで取り組むことの意義

 虎の門病院では、他の医療機関やこれから治療を受ける乳がん患者自身から、この頭皮冷却療法についての問い合わせが増えてきている。人手がかかり、経験値が重要な治療を外来通院のみで成立させられている施設は全国的にも多くない。2021年8月末に導入したばかりにもかかわらず、この秋・冬の新規患者数は国内トップクラスとなった。このペースでいけば、1年後には高い経験値を持つ、数少ない施設の一つになる見込みだ。

 導入に当たっては、他の患者に影響が出ないよう、化学療法室看護師のチーム編成を行い、数人の頭皮冷却チームをつくった。そこに院内理容室のスタッフが協力し、医師は往診、薬剤師は説明の機会を別に設けるなど、複数の職種がさまざまな形で協力する。院内での連携がスムーズに行われることで現在の体制に発展した。しかし、残念だが、自施設の適応患者に制限なく対応し続けるために、他院で治療している患者の引き受けはできていない。

 「今後は、この治療のメリット・デメリットを正しく知り、患者さんが納得して選択できるような情報を出していきたい。そのために患者さんにも協力をお願いして、臨床研究としてデータをまとめていく予定です。虎の門病院には、自分にできることがあるならと一緒にチャレンジしてくれる仲間がいる。そして、理解を示してくれる病院事務職員の支えもある。他の施設でも、みんなで取り組むことの意義が伝わっていけば、導入する施設が増えていくのではないか」と田村医長は期待を膨らませている。

患者に寄り添う看護師の時森綾乃さん

 ◇現場スタッフのモチベーションも向上

 頭皮冷却療法を導入したことで現場の看護師の負担は増えたが、逆に仕事へのモチベーションは高まったという。

 「最初の頃の患者さんには、私たちも慣れていなくて、手際も悪くてご迷惑をお掛けしたと思います。でも終わった時に、『今まで対応してくださった看護師さん、皆さんにあいさつして帰りたかった。この治療が続けられて本当に良かった』と言っていただけだので、頑張って良かったなと。自分たちが行うケアが、成果として目に見えて患者さんに喜んでいただける。そんな患者さんとのつながりに、やりがいも感じています」と看護師の時森さん。

 また、頭皮冷却を終えた患者の家族からは、こんな言葉を掛けられた。

 「髪の毛が生えていたという結果もすごく大事。でも、それだけじゃない。スタッフの皆さんが患者の希望のために試行錯誤して、苦労を共にして一生懸命向き合ってくださった半年間でした。一人の患者に対して、こんなに頑張ってくださる人が家族以外にもいる。髪が生えるだけではない、良い経験ができました」

 闘病中の患者は孤独になりやすい。そんなとき、自分の悩みに寄り添い、一緒に頑張ってくれる医療者がそばにいたら、どんなに心強いだろうか。「脱毛を防ぐかどうかという側面だけではなく、患者が抱える苦痛に向き合い、その苦痛を和らげられるよう支援していくことで心理的にもケアを行っていく。頭皮冷却療法という新しい技術は、その一つの方法にすぎないのです」と田村医長は言う。

 抗がん剤による脱毛を防ぐ治療法は、まだ始まったばかり。各医療現場での試行錯誤を経て、さらに改善されていく点も多いだろう。国産の装置も新たに開発されており、国内での普及にどう影響するか興味深い。がん患者が脱毛を気にせず、今まで通り社会とつながりながら抗がん剤治療を受けられる日が訪れるよう、さらなる発展が期待される。(了)


中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。
医学ジャーナリスト協会会員。

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