「医」の最前線 地域医療連携の今

在宅医療を支える地域の輪
~つながりを広げ、経験をつなぐ~ 【第24回(最終回)】訪問診療の医療連携④ にのさかクリニック 二ノ坂保喜理事長

 救急医としてスタートした二ノ坂保喜医師が在宅医療に取り組むきっかけとなったのは、長崎県のへき地などでの地域医療の経験だという。福岡市早良区に先駆的な「にのさかクリニック」を開いて25年。地域医療への取り組みが評価され、2014年には日本医師会の「第3回赤ひげ大賞」を受賞した。「人生の最期は生活から切り離された病院ではなく、住み慣れたわが家で豊かな生活を送ってほしい」と二ノ坂医師は話す。

患者と家族が気軽に集える場としてオープンしたカフェ「マーノマーノ」

 ◇患者や家族が集えるカフェ

 二ノ坂医師は開業以来、地域の中で患者を支えるさまざまな取り組みをつなげる活動を広げてきた。「日本はコミュニティーが崩れていると言われますが、決してそんなことはありません。古い形でのコミュニティーではなく、今の日本に必要とされる形のコミュニティーが重要です」と、その大切さを指摘する。

 今では、にのさかクリニックを中心に在宅ホスピスケアやデイホスピスをはじめ、在宅ホスピスボランティアの会、地域ホスピス支援センター、遺族の会などの地域コミュニティーが構築されてきた。そして、その輪はさらに広がっている。

 同クリニックから車で5分ほどの所にあるカフェ「マーノマーノ」もその一つ。オーナーは、在宅ホスピスボランティアの会「手と手」の副代表の峰平あけみさん。「マーノ」は「手」を意味するイタリア語で、患者や家族が気軽に集える場として19年5月にオープンした。

 「手と手」は、同クリニックの在宅チームの一員として終末期を自宅で過ごす患者宅を訪問し、話し相手になったり、見守りをしたりする。09年から月に2回、にのさかクリニックで開催されているお茶会(コロナにより現在、開催は不定期)も「手と手」のボランティアが主体となって運営している。

 「マーノマーノ」では、ボランティア経験のある「手と手」のメンバーが訪れる人の話し相手や相談にも応じている。店内には病気に関する書籍や在宅医療に関する資料などがそろっているため、ここで情報を得ることもできる。また、イベントなどのお知らせも掲示されている。

 カフェでは飲食ができるほか、新聞などで紹介記事を見たと言って80代の男性が高齢者施設から通ってきたり、日頃は家族の介護に当たっている人が一息つきに来たりするなど、交流の場としても広がっている。ここで月に1回開かれる「遺族の会」では、集まった遺族が涙を流しながら亡き家族の思い出を語り合うなど、遺族同士の交流も深まっている。

 「この会で何かを得た遺族が、今度は次の遺族に何かを伝えていけるような、そんな場になるのが理想です」と二ノ坂医師。

「マーノマーノ」 では月に1回、「遺族の会」も開かれる

 ◇途上国の在宅ホスピスに注目

 二ノ坂医師は救急医や外科医を経験した後、長崎で地域医療に触れたことが在宅医療へと進むきっかけになったという。

 「救急では、その人に必要な医療が何かということをその場で判断しなければなりません。胃が痛いという訴えであっても心筋梗塞の場合もあるわけで、緊急対応の手技と判断力が求められます。在宅医療でも患者宅で特別な手段がない中で診断して、適切な対応をしなければなりません。在宅医療も救急医療に共通する所があるのです」

 在宅でのみとり支援へ歩み始めたきっかけは、医師になったばかりの若い頃に読んだ、フォトジャーナリストの岡村昭彦の著書「ホスピスへの遠い道」だという。

 「本を読んで、ホスピスとバイオエシックス(生命倫理)のことを学びました。その視点で見ると、がん患者に限定した日本のホスピスのあり方は間違っていると感じています」

 がん患者の苦しみを和らげることから学んだことを他の病気の人たち、あるいは老衰も含めて亡くなっていく人たちに広げていくのが医療の発展であり、緩和ケアの発展であると二ノ坂医師は指摘する。「そんな当たり前のことが、日本ではまだ実現できていないのが現状です」

 また、二ノ坂医師は途上国から学ぶことも多いと話す。

 「日本のホスピスの欠点であり、致命的なことは、アメリカやイギリス、オーストラリアといった先進国ばかりを見ていることです。先進諸国のホスピスは確かに発達しています。しかし、医療資源も乏しく、医療システムも整っていない途上国の方が、病気で苦しむ人の割合は先進国と比べると多いはずなのです。医療が行き届いていなかったり、医療資源が少なかったりする途上国でケアを提供している人たちからこそ学ぶべきことがあるはずです」

 二ノ坂医師は21年に海外の在宅ホスピスの取り組みを学ぶ「国際ホスピス・在宅ケア研究所」を立ち上げた。同研究所は、にのさかクリニックのこれまでの活動を柱として、在宅ケア、在宅ホスピス、国際保健医療活動などを若い世代にも伝えていくような組織に育てていきたいと考えている。今後は同研究所の仲間と共に、「世界に学び、世界に発信するホスピス、在宅ケアを広げていきたい。それは今世界で広がりつつある、Public Health Palliative Care (公衆衛生の視点で取り組む緩和ケア)や、Compassionate Communities(思いやりのあるコミュニティー)の思想とつながっていくだろう」と話している。(看護師・ジャーナリスト/美奈川由紀)

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