こちら診察室 女性医療現場のリアル〜悩める患者と向き合い、共に成長する日々〜

無意識の偏見が診療の妨げに

 「まだ若いのに、そんなに疲れてるの?」「子どもはまだなの?」「年齢的に更年期じゃない?」。こうした言葉を女性たちは何度も耳にしてきました。もちろん悪意があるわけではないと分かっていても、その一言が胸に引っ掛かってしまう。これは医療者、患者のどちらにも生じ得る「無意識の偏見」、いわゆるアンコンシャスバイアス(unconscious bias)が関係しているのかもしれません。今回は、婦人科の医師として日々の診療を通じて感じる「見えない思い込み」について、現場のリアルとともに伝えます。

根拠のない思い込みで受診をためらっていないだろうか(イメージ画像)

 ◇「女だから」「母親なのに」に縛られる患者

  婦人科外来にはあらゆる年齢層の女性が訪れ、思春期の悩みから妊娠・出産、更年期以降の変化に至るまで、さまざまな話をします。その中でしばしば感じるのが、患者さん自身の「こうあるべきだ」との思い込みです。

 例えば、月経痛や月経前症候群(PMS)で長年つらい思いをしているのに、「生理なんて我慢するものだと思ってました」と話す方がいます。あるいは、妊娠を希望していないにもかかわらず、「結婚しているのに避妊の相談をしていいのか迷った」と言う方も。こうした遠慮の根底には、「女性は痛みに強くあるべきだ」「母親なんだから我慢して当然」という無意識の価値観があります。

 さらに、「40代だから更年期ですよね?」「30代で生理が乱れるのはおかしいですか?」といった相談も多く寄せられます。体調の変化を年齢やライフステージで説明しようとする傾向も、社会に刷り込まれた枠組みに自分を当てはめようとしてしまう例です。

 ◇医師にも先入観

 こうしたアンコンシャスバイアスは患者さんだけの話ではありません。私たち医療者の側にも、無意識の思い込みが潜んでいることを日々の診療の中で痛感します。例えば、「この年代の患者さんなら、こういう説明で十分だろう」「この人はたぶん妊娠を希望している」といった想像が、いつの間にか判断や対応に影響してしまうことがあります。

 もちろん、限られた診察時間の中で、ある程度の推測や経験則に頼る場面はありますが、それが「その人自身をちゃんと診ること」を妨げてはいけない。患者さんの表情や沈黙に敏感になること、どんな話題でも遠慮せず言える空気をつくることが婦人科診療では特に大切だと感じています。

 ◇「恥ずかしい」は思い込みかも

 婦人科で扱うのは、多くの女性にとってプライベートでデリケートなテーマです。だからこそ、「こんなこと聞いてもいいのかな?」「笑われないかな?」といった不安や恥ずかしさが付いて回ります。

 でも、その恥ずかしさの正体をたどっていくと、実は社会が無意識に押し付けてきた価値観に行き着くことがあります。例えば、「出産してないのにアンダーヘアの話なんて変ですか?」「まだ20代なのに『更年期かも』って思うのはおかしいですか?」という質問。どちらも、医学的には何ら不自然でも異常でもありません。

 私たち医師は、こうした「聞いてはいけない気がする」という空気そのものが、患者さんの健康リテラシーを妨げていると感じています。だからこそ、「こんな話こそ、婦人科でしてほしい」と伝えたいのです。

婦人科では恥ずかしがらずに何でも聞いてほしい(イメージ画像)

 ◇柔軟な心で向き合う大切さ

  婦人科は、治療や検査をする場所であると同時に、「自分の体と心を見つめ直す場」でもあります。ですが、無意識の偏見があると、患者さん自身が自分の選択肢に気付けなかったり、本音を語れなくなったりします。

 避妊や中絶、パートナーとの関係、更年期の過ごし方。どれも正解は一つではありません。その人が何を大切にしたいかを一緒に考えることが医療の本質だと思っています。

 だからこそ私は、日々の診療で「決めつけない」「質問を歓迎する」「一人の人として向き合う」ことを意識しています。そして患者さんには、「遠慮せずに話していい」「こういう場所でこそ聞いてほしい」というメッセージを届けたいのです。

 アンコンシャスバイアスは誰の中にもあります。大切なのは、それに気付き、なくしていこうとする意識です。患者さんも医療者も「当たり前」「きっとこうだろう」という考え方を改めれば、もっと自由に話せて、もっと深くつながれると感じています。

 婦人科は、あなたの体のことを、あなた以上にジャッジしない場所でありたい。私はそう願っています。(了)

沢岻美奈子院長

沢岻美奈子(たくし・みなこ)
 琉球大学医学部を卒業後、産婦人科医として25年以上の経歴を持つ。2013年1月、神戸市に女性スタッフだけで乳がん検診を行う沢岻美奈子女性医療クリニックを開院。院長として、乳がんにとどまらず、女性特有の病気の早期発見のための検診を数多く手掛ける。女性のヘルスリテラシー向上に向け、インスタグラムやポッドキャスト番組「女性と更年期の話」で、診察室での患者とのリアルなやりとりに基づいたストーリーを伝えている。
 日本産科婦人科学会専門医、女性医学学会認定医、マンモグラフィー読影認定医、乳腺超音波認定医、オーソモレキュラー認定医。漢方茶マイスター。

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