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以前外来で患者さんから、こんな悩みを打ち明けられたことがあります。「先生からもらった痛み止め、怖くて飲めませんでした。だって『麻薬』なんですよね…?」その方は、大腸がんの腹膜播種(はしゅ)=おなかの中にがんが広がった状態=で、抗がん剤治療を受けていました。おなかの痛みをコントロールするため、私は麻薬性の鎮痛薬を処方していたのですが、患者さんはこれが「怖くて飲めなかった」と言うのです。
私は大いに反省しました。
医療用麻薬を日常的に使っているせいで、患者さんから見た「麻薬」という言葉の持つまがまがしいイメージに思いが至らなかったのです。
医療用麻薬は怖くない?
◇「麻薬は怖い」という誤解
「麻薬」というと、何となく怖いイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。実際、麻薬に対しては、「副作用が強いのではないか」「中毒(依存症)になるのではないか」といった不安を口にされる方もいます。「麻薬」という言葉は、「夢中になりすぎて他のことに手がつかなくなる」といった状況を指して「麻薬のように」と比喩的に使われることもあります。
こうした「麻薬」のネガティブなイメージが、医療用麻薬に対する誤解を生んでいるのです。
医療現場では、医療用麻薬を、がん性疼痛(がんによる痛み)に対する有効な鎮痛手段として非常によく用います。医療用麻薬とは、「麻薬及び向精神薬取締法」によって医療用に使用が許可された麻薬で、コカインやヘロインのように使用や所持が禁止された不正麻薬とは異なります。医師の指示に従って痛みのある時に使用すれば、中毒(依存症)にはならないことも分かっています。
また、飲み薬(内服薬)、注射薬(血管内への点滴や皮下注射)、パッチ製剤(貼り薬)、座薬など、剤型にも豊富なラインアップがあります。
飲み薬が口から飲めない方や、血管が細くて点滴できない方であっても、パッチ製剤や座薬といった手段を用いることで、うまく痛みをコントロールすることができます。患者さんの状態に合わせて剤型を使い分けることができるため、利便性が高いというメリットがあります。
◇「麻薬は末期に使うもの」という誤解
麻薬に対しては、末期がんの患者さんに使う薬だと誤解している人もいます。実際、「麻薬を使うということは、いよいよ死期が迫った最終段階だ」という誤解から、麻薬の処方に抵抗感を示される方も多くいます。特に、臨床現場でよく使う麻薬の一つである「モルヒネ」に対しては、こうしたイメージをお持ちの方が多いようです。また、麻薬を使うと寿命が縮まる、と誤解している方もいます。
実際には、モルヒネを含む医療用麻薬を服用しながら日常生活を営み、仕事をしている人はたくさんいます。むしろ、いつも通り生活しながらでも使用できる、ということが、医療用麻薬のメリットでもあります。また、麻薬の量を多くしても寿命が短くなったり、死期が早まったりすることはありません。鎮痛手段として使える便利な薬の一つであるにもかかわらず、ネガティブなイメージは根強くあるのです。
◇「麻薬」という言葉の使い方に注意
医療用麻薬を患者さんに使用してもらう際、医療スタッフはこうした一般的なイメージに配慮する必要があると感じます。麻薬の使い方を丁寧に説明し、その安全性や目的をきっちり伝えなければ、患者さんは麻薬に対する誤解が解けないまま痛みを我慢することになってしまいます。
また、状況によっては「麻薬」という言葉だけを伝えるのではなく、「医療用麻薬」「麻薬性鎮痛薬」「オピオイド(麻薬性鎮痛薬の総称の英語)」といった言葉を使うことも大切だと思います。
安全性や利便性の高い痛み止めであるのに、誤解によって上手に使えないのは非常にもったいないことです。ご本人やご家族が麻薬を使用する際、過度に不安を抱くことのないよう、ここに書いた麻薬の性質を知っておいていただければ幸いです。(守秘義務の観点から紹介事例の内容を一部改変しております)(医師・山本健人)
(参考)
「患者さんと家族のためのがんの痛み治療ガイド増補版」(特定非営利活動法人日本緩和医療学会)
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