2024/11/06 05:00
病気の体験談は参考にすべきか
注意したい二つのこと
私は日々、ウェブメディアでの連載や書籍執筆、SNSなどを通して医療に関する情報を発信しています。そうした中で時々、「病気を体験したことがないくせに、患者の気持ちが分かるわけがないだろう」という批判をいただくことがあります。例えば、私が胃カメラ(上部消化管内視鏡)の検査の流れや目的について説明する記事を書いたところ、「あなたは胃カメラを受けたことないでしょ?何がわかるの?」といったコメントが付いたことがありました。
たとえ、その病気の体験がなくても
実は、私は胃食道逆流症があり、その関係で薬を定期内服していることもあって、胃カメラ検査を定期的に受けています。しかし、あえて「自分が受けたことがある」という話を書いてはいませんでした。胃カメラに関する客観的な情報を提示した記事ですから、あえて「自分が体験したことがあるかどうか」を書く必要はない、と感じていたからです。
◇患者を体験してみると…
実は多くの医師が、「病気の体験がないあなたに私の気持ちが分かるわけがない」と言われた経験を持っています。産婦人科医なら「病気」が「出産」に、小児科医なら「病気」が「子育て」に変わることもあります。
確かにこれは、その通りだと思います。
私は外科医ですが、33歳の時に初めて全身麻酔手術を受け、思いもよらない発見がたくさんあったからです。患者を体験してみないと、患者の真の気持ちは分からない。そう痛感したのは事実です。医師はこの点において「無知である」ことを自覚した上で、謙虚な姿勢でいる必要があるとは思っています。
◇医学の存在価値
一方で、医学はサイエンスであり、学問です。学問というのは、「誰もが一つ一つ体験して確認しなくても済む状況」を目指してこれまで進歩してきたはずです。偉大な先人たちが積み重ねた知見によって学問が進歩したおかげで、特定の個人に生じるコストやリスクを最小限にできるわけです。
医学の専門家である私たちは、これまで医学の進歩を築き上げてきた巨人たちの肩の上に乗っているからこそ、遠くを見渡すことができます。この営みを毎度振り出しから始めなければならないとしたら、医学の存在価値は根底から瓦解(がかい)してしまうでしょう。
そして、もちろん、一人の医師が全ての病気を経験することはできません。医師と接する時は、「同じ病気の体験」を求めるのではなく、その病気を体系的に学び、同じ病気の患者を多く診療した経験から得た客観的な知見をうまく引き出すこと、それを上手に利用することが大切なのだと私は思っています。(医師・山本健人)
(2020/01/22 07:00)
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