教えて!けいゆう先生

がんの「転移」を患者さんに説明する 外科医・山本健人

 がんの「転移」という現象をご存じでしょうか?

 がん細胞が、血管やリンパ管など全身に張り巡らされた管を通って他の臓器に飛んで行く現象です。移動した先でがんが成長し、新たな塊を作ります。

 今回は、よくある「転移」の誤解について解説してみたいと思います。

がんの「転移」を知ろう

 ◇転移しても元の性質持つ

 例えば、大腸がんが肝臓に転移した場合、「肝臓がんが新たにできた」と考える患者さんが多くいます。

 患者さんから、

 「大腸がんではなく肝臓がんの治療をしないといけないのですか?」

 といった声もよくいただきます。

 しかし実際は、大腸がんが肝臓に転移すると、肝臓にできたがんは「大腸がんの一部」と考えます。

 大腸がんの細胞が血流に乗って肝臓にたどり着き、そこで同じ性質の塊を作ったものだからです。

 元の大腸がんと同じ顔つき、同じ特徴を持つがんですから、大腸がんの治療が効きます。

 例えば、大腸がんを切除した後、肝転移という形で再発した場合は「肝臓にしかがんがない状態」ですが、大腸がんに特化した抗がん剤治療を行います。

 一方、一般に「肝臓がん」と言われる病気は、「肝臓を構成する細胞ががん化してできたもの」です。大腸がんが肝臓に転移して起こったものとは、全く性質が異なることに注意が必要なのです。
 肝臓から現れるがんを「原発性肝がん」と呼び、大腸がんの肝転移(「転移性肝がん」とも言います)とは、医学的に区別します。

 ◇検査で検出はごく一部

 別の例を考えてみましょう。

 膵臓(すいぞう)がんを切除した1年後、CT検査で肺に5カ所の転移が見つかったとします。

 この時に重要なのは、「検査で確認できる転移が5カ所である」ということ、言い換えれば、「検査では分からない転移が他にたくさんあるかもしれない」ということです。

 なぜでしょうか?

 その理由は、CTなどの画像検査では、せいぜい数ミリの大きさでないと病変を検出できないこと、そして、1ミリのサイズのがんには約100万個のがん細胞が含まれることです。1センチのサイズなら、約10億個のがん細胞がいると言われます。

 検査で確認できるのが5カ所の転移でも、目に見えないがんは、もっと多くあるかもしれないのです。

 がん細胞という目に見えない相手との闘いでは、「どこに敵がいるか分からない」「いるかいないかが分からない」という難しさがあります。

 なお、抗がん剤のような薬物療法は、全身に投与することで目に見えない細胞も一網打尽にできるため、転移や再発例では特に有効な治療になります。

 がんの種類によっては、抗がん剤と手術を組み合わせることで、転移が起きても治癒を目指せるケースはあります。

 進行したがんと闘うには、特に専門的な戦略が必要になります。がんの専門家としっかり話し合って、適切な治療を受けていただきたいと思います。(了)


  山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、累計1200万PV超を記録。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)はシリーズ累計23万部。「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「患者の心得」(時事通信)ほか著書多数。

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