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髪を定期的に切ってもらっている美容師から、仕事への関わり方や心構えを聞いたことがあります。この美容師はカット直後の客の一時的な満足より、「その後に長く続く満足」を重視するといいます。例えば、長期的に自分でスタイリングしやすいかどうか、髪が伸びても形が崩れにくくないかなどを考慮し、客の希望とは少し異なる髪形を提案する場合もあるのだそうです。
スタイリングが終わったその瞬間に「満足度のピーク」があるより、その成果を長い間気に入ってもらえる方が総合的に満足度が高い、との考えに基づいているわけです。この話が印象に残ったのは、「医療にも少し似た面がある」と感じたからです。
一時的な満足度よりも、未来の健やかさを大事に
◇希望通りにはいきません
診察室で「満足度のピーク」を患者さんに提供するのは困難な場合が多々あります。例えば、風邪をひいた患者さんに「抗生物質(抗菌薬)が欲しい」と言われたら、「普通の風邪には抗生物質は効きませんよ」と説明します。
抗菌薬は風邪への効果が期待できない上、吐き気や下痢、アレルギーなどの副作用リスクがあるため、長期的に見れば処方しない方が患者さんにとって有利です。
「薬をもらいたい」と思ってやってきた患者さんは一時的には満足できないかもしれませんが、希望通りのサービスを提供すると、かえって患者さんの不利益になる恐れがあるのです。
◇リスクだけ背負う
他にも、
「体がだるいので薬が欲しい」
「頭痛が心配なのでMRIを撮ってほしい」
「風邪だと思うけれど念のため血液検査をしてほしい」
このような希望を持って病院に来る方はたくさんいます。何も考えずに希望通りの薬や検査を提供する方が、患者さんの当座の満足度は高いかもしれません。
しかし、もしそれが医学的に必要のない薬や検査なら、患者さんは副作用や検査に伴うリスクだけを背負うことになります。こういう時は、希望通りのサービスを提供しない方が結果的にはメリットが大きい、と説明せねばなりません。
病気を予防するワクチンは、なおさらそうです。ワクチンを打った瞬間に「打ってよかった」と満足する人はいないでしょう。長期的に病気を免れたとしても、ワクチンに感謝する機会は何十年も先、あるいは一生ないかもしれません。
◇「おかげさまで順調です」
このように、多くの医療サービスの存在価値は、何カ月、何年、何十年といった「遠い未来の健やかさ」にあります。診察室の中で患者さんから感謝されるより、定期的に通院している患者さんから「おかげさまで順調です」と声を掛けていただけることの方が多いものです。
患者さんの側も、こうした医療の特殊性を理解し、上手に利用していただきたいと思います。(外科医・山本健人)
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