2021/06/23 05:00
人生の最後まで自分の足で歩くために
(寺師浩人 日本フットケア・足病医学会理事長)
強剛母趾(きょうごうぼし)という病名は、聞いたことがないという人が多いのではないでしょうか。親指の付け根に痛みが出ることから、よく痛風と間違えられるのですが、発症のメカニズムは外反母趾と同じで、足の骨格構造のゆがみが原因です。強剛母趾が進行すると、親指の関節の間の軟骨がすり減って、次第に骨同士がこすり合わされるようになってきます。関節の骨がくっついてしまうと、歩くときに親指の付け根で踏み返すことができなくなり、足本来の機能を取り戻すためには手術が必要となってきます。
手術はできれば避けたいと漠然とした不安をもっている人に、分かりやすいよう、強剛母趾の手術を行った患者さんの体験談をご紹介します。
強剛母趾では親指の付け根が痛むため、痛風の症状と誤解する人も多い【時事通信社】
◇「それは、痛風だよ」と言われ、内科を受診
石原匡さん(61歳)は2019年の5月ごろから、歩いているときに右足の親指の付け根に痛みを感じるようになりました。大学でチアリーディング部の監督を務めているため、体育館で立っていることが多いのですが、やがて足の痛みのために運動靴を履けなくなってしまい、はだしでいるようになってきました。それを見た同僚から「それは、痛風だよ」と言われ、慌ててかかりつけの内科を受診しました。
血液検査の結果、尿酸値は正常で痛風を疑わせるような所見は何も見つかりませんでした。
痛風でないのであれば、足の問題だと思い、足の専門医をインターネットで探しました。TV番組で、アメリカには足の専門医がいるのが当たり前だという情報も得ていたので、足専門の医師がいいと思ったのです。
キーワードに強剛母趾と入れて、詳しい説明が出てきた病院で受診することを決めました。
◇手術を即決
足のクリニックを受診すると、桑原院長は石原さんの右足をひと目見るなり、すぐに「強剛母趾だね」と診断しました。レントゲン画像でみると、親指の関節の骨同士がくっついてしまっているのが石原さんにも分かりました。この状態では、親指の付け根で踏み返すことができないので、治すには手術しかないと説明を受けました。
これから年を取って、歩けなくなるのは嫌だな、と思い、3泊4日の入院でできると聞いて、手術を受けることを即決しました。
初診から2カ月後の2020年7月、足のクリニックの提携先病院に入院、翌日に手術を受けました。
手術は全身麻酔で行います。足の親指の側面を5〜6センチほど切開し、そこから関節の中で楔(くさび)のようにくっついて、指の動きを制限している骨棘(こっきょく)というものを丁寧に除去します。
この作業だけでいったんは動くようにはなるのですが、強剛母趾は結果であって、それを引き起こしている関節内での骨のかみ合わせのズレに根本原因があります。そのため、「骨切り」という手法をさらに加えますが、これは医療用の特殊なノコギリで骨を二分割にして、一部を動かし、ズレた骨を正しい位置に戻すというものです。
手術の難易度と患者さんへの負担は上りますが、再発の可能性は低くなり、足の機能そのものは向上します。切った骨の固定には外反母趾の手術でも使用する、吸収性のスクリュー(ネジ)を使用します。手術後、傷口を見たとき、傷の縫い目がとても細かく、奇麗だったので、石原さんは思わずスマホで写真を撮ってしまったそうです。
この丁寧な縫合が、のちに傷痕が一目では気づかないほどの仕上がりにつながったのだと、抜糸したあとで気づきました。
強剛母趾の手術後、抜糸をした足の状態(「足のクリニック表参道」提供)
◇手術翌日から歩行訓練
手術の翌日から、リハビリとして歩行訓練が始まりました。
石原さんは「手術をしたばかりなのに、そんなに動かしてもいいんだ」と驚きましたが、そろりそろりと病室から売店まで歩いてみました。手術後、お風呂に入ることもできて、予定通り手術の翌々日、自分の足で歩いて退院しました。もっと痛い思いをするかと覚悟を決めていましたが、麻酔から覚めたときに傷の痛みは全くなく、関節に鈍い痛みがあるだけでした。
術後のレントゲン写真を見ると、足親指の付け根の関節が奇麗になっているのが確認できました。
桑原院長から、歩くとき意識的に親指の付け根で踏み返すよう指導を受けました。石原さん自身は、手術したところなので負荷を掛けない方がよいのかと思っていましたが、関節は使わないと動きが悪くなるので、積極的に動かした方がよいそうです。
手術から2週間後、クリニックで抜糸、その後は2週間おきに手術をした足の親指の付け根にステロイドの注射を受けました。炎症を抑えるためだそうです。
写真は術後2回目の注射のため外来受診した日に撮影したものですが、このときにはもう普通に歩いても痛みは全くありませんでした。
手術後の診療を受ける石原さん(「足のクリニック表参道」提供)
◇再発予防のためにインソールをオーダー
手術をして親指は動くようになりましたが、強剛母趾は足のアーチが崩れた結果として生じているものです。たとえ親指が治ったとしても、その崩れは足の他の部位にも影響を及ぼす可能性があるということで、石原さんは靴の中に入れる医療用のインソールを作ることにしました。
子どものときから扁平(へんぺい)足で、小学校のプールの時間などは、ペタペタとコンクリートの床を歩く様子を友達にからかわれたこともあったそうです。扁平足だと走るのが遅い、疲れやすいなどと言われることもあるそうですが、これまで特に困ることはありませんでした。しかし、今回、扁平足を放置すると、さまざまなトラブルの原因になるのだということを知って、石原さんは驚きました。
◇学生たちの指導に生かす
石原さんは「大学で体育教師、チアリーディング部の監督として働いているので、教え子たちに今回、自分が経験したことを伝えていきたい」そうです。正しい足裏のアーチとは何か、アーチが崩れると、どんな不都合が生じるのか、自分でもさらに勉強して、現場での教育に生かしていこうとも考えています。
強剛母趾の関節温存形成術の手術前と手術後の状態を示したレントゲン写真(「足のクリニック表参道」提供)
◇関節固定術が主流?
石原さんは手術後、強剛母趾の手術法はいくつかあり、足の親指の関節を固定することで痛みを取る方法(関節固定術)も広く行われていることを桑原院長から教えてもらいました。ただ、その方法だと痛みはなくなっても、歩くときに親指でしっかり踏み返すことができなくなってしまうので、体育教師という職業柄、よく歩く自分には、今回の手術方法が合っていたと感じているそうです。
【足のクリニック】強剛母趾
石原さんは「内科で痛風でないことが分かってから、すぐに受診し、自分にとって最適な治療を受けることができた。足の痛みで悩んでいる人は、我慢せずに早めに受診してほしい」と呼び掛けます。
(文・構成 ジャーナリスト・中山あゆみ)
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