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光で記憶を操る!
新たな技術「光駆動型ホスホリパーゼCβ」を開発 光で細胞の脂質シグナルを自在に操り、記憶形成の強化に成功

 山梨大学大学院総合研究部生化学講座第一教室の金然正特任助教、浜田駿助教、大塚稔久教授らは、東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床医学研究所の渡部文子教授らと、光で細胞の脂質シグナルを自在に操る画期的な技術「光駆動型ホスホリパーゼCβ (opto-PLCβ)」を共同開発しました。

 この技術は青色光を当てることで細胞膜上のリン脂質(ホスファチジルイノシトール:PIP2)を切断し、細胞内セカンドメッセンジャーとして知られるイノシトール3リン酸 (IP3) とジアシルグリセロール (DAG) へと変換します。これにより、細胞内のカルシウムイオン濃度を増加させ、脂質二重膜の動態変動とシグナル伝達を制御することが可能となります。

本研究成果は、日本時間2024年4月6日にCell Chemical Biology誌に掲載されます。

opto-PLCβの仕組み

opto-PLCβは、光によって活性化するタンパク質と細胞膜に固定するタンパク質を組み合わせたものです。青色光を当てると、二つのタンパク質が結合し、細胞膜上のPIP2というリン脂質を切断します。神経細胞の場合、この切断によって、細胞内シグナル伝達が活性化し、記憶形成などにつながる細胞機能が変化します。

マウス実験で記憶形成の強化に成功

研究チームは、opto-PLCβを発現させたマウスに青色光を当てることで、恐怖記憶の形成を強化することに成功しました。これは、opto-PLCβが光によって記憶形成に関わるシグナル伝達を制御できることを示しています。

記憶形成のメカニズム解明や新薬開発に貢献

opto-PLCβは、記憶形成に関わる脳内のシナプス可塑性や、神経細胞の興奮伝達を光で制御できるため、記憶形成のメカニズム解明や、神経疾患の治療法開発に役立つことが期待されます。

今後の展開

opto-PLCβは、脳・神経科学だけでなく、様々な分野で応用が期待されます。例えば、光によって癌細胞の増殖を抑制したり、光で遺伝子発現を制御したりすることが可能になるかもしれません。

【研究成果】

l 青色光で活性化するホスホリパーゼC、opto-PLCβを開発しました。

l opto-PLCβの光依存的活性化による細胞膜脂質の変動や細胞内カルシウム濃度上昇を可視化しました。

l opto-PLCβを発現させたマウス脳で青色光によるシナプス可塑性を誘導することに成功しました。

l 青色光によりopto-PLCβを発現するマウスの恐怖記憶の形成を強化できることを示しました。

本研究は、AMED 脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS))、AMED再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム、CRESTオプトバイオなどの支援を受けたものです。

論文情報

雑誌名: Cell Chemical Biology

論文タイトル: A light-controlled phospholipase C for imaging of lipid dynamics and controlling neural plasticity

著者: Yeon-Jeong Kim1, Suguru Tohyama2, Takashi Nagashima2, Masashi Nagase2, Yamato Hida1, Shun Hamada1, Ayako M. Watabe2*, and Toshihisa Ohtsuka1*

著者(日本語標記):金然正1、遠山卓2、永嶋宇2、永瀬将志2, 飛田耶馬人1、浜田駿1, 渡部文子2*、大塚稔久1* (*責任著者)

1.山梨大学 大学院総合研究部 生化学講座第一教室

2.東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所

DOI: 10.1016/j.chembiol.2024.03.001

研究の詳細

1.背景

 私たちの体は、ホルモンや神経伝達物質などの化学物質を使って細胞間で情報を伝達しています。これらの化学物質は「ファーストメッセンジャー」と呼ばれ、細胞膜にある受容体に結合すると、細胞内に「セカンドメッセンジャー」と呼ばれる別の化学物質を生成します。セカンドメッセンジャーは、細胞内の様々な機能を制御します。

近年、光で活性化するタンパク質を使って、細胞の活動を光で制御する「光遺伝学」という技術が発展しています。光遺伝学を使ってセカンドメッセンジャーを制御することも可能ですが、これまで、PIP2と呼ばれる脂質からIP3とDAGと呼ばれるセカンドメッセンジャーを生成する酵素「ホスホリパーゼC」を直接光で制御する方法は存在しませんでした。

2.手法と成果

 研究チームは、ホスホリパーゼCβ3 (PLCβ3) の酵素活性ドメインと、これを細胞膜に固定する足場タンパク質 (iLID) を組み合わせ「opto-PLCβ」を開発しました。青色光を当てると、opto-PLCβが活性化し、細胞膜上のPIP2をIP3とDAGに分解します。

 また、研究チームは、opto-PLCβを発現させた細胞に青色光を当て、PIP2とDAGの変化を観察したところ、青色光によってPIP2が減少すると同時にDAGが増加することを可視化しました。

 更に、研究チームは、恐怖記憶の形成に重要な扁桃体基底外側核にopto-PLCβを発現させたマウスに青色光を当てました。その結果、opto-PLCβを発現したマウスは、opto-PLCβを発現させなかったマウスよりも恐怖記憶の形成が強化されました(図1)。

3.今後の応用、展開

 PLCは神経細胞だけでなく、体中の様々な臓器にも存在し、生命の維持と病態の進行において多彩な役割を果たしています。今回開発された「opto-PLCβ」は、光を使ってPLCの働きを直接制御できる画期的な技術です。光を当てるタイミングや場所を自由に操ることで、細胞内のPLC活動をピンポイントで操作できます。研究チームは、この技術を用い、脳科学をはじめ、様々な分野で新たな発見をもたらすことを期待しています。例えば、記憶の形成に関わる脳内の神経回路や、神経細胞の興奮伝達を光で制御することで、記憶のメカニズム解明や、神経疾患の治療法開発に役立つ可能性があります。さらに、脳・神経科学以外にも、opto-PLCβの応用範囲は広がると考えられます。例えば、光によって癌細胞の増殖を抑制したり、光で遺伝子発現を制御したりすることが可能になるかもしれません。

4.用語説明

l 光遺伝学:主に植物や微生物から発見された光活性化タンパク質を遺伝学的手法によって神経細胞などに発現させ、活動や機能を光で制御する技術です。代表的な光活性化タンパク質として、微生物から単離された光活性化陽イオンチャネルであるチャネルロドプシンが広く用いられています。

l ホスホリパーゼCβ3 (PLCβ3):脳組織だけでなく肝臓や耳下腺で発現が多いPLCのサブタイプで、7回膜貫通型三量体Gタンパク質共役型受容体 (GPCR) の中でもGq共役型受容体の下流で活性化し、PIP2をIP3とDAGへ分解します。

l シナプス可塑性:脳の神経細胞間のつながり(シナプス)の強さが経験や学習によって変化する現象のことを指します。これは、私たちが新しいことを学んだり、記憶を形成したりする基本的なメカニズムです。

以上

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