こちら診察室 介護の「今」
社会資源をつくる 第20回
これは、ある地域で社会資源をつくったケアマネジャーと利用者の2人の女性の物語。
デイサービスの空き車両をやり繰りすることで移送サービスが実現した
◇第2号被保険者
利用者の野村良江さん(仮名)は50代半ば、介護保険の第2号被保険者だ。
介護保険の被保険者には第1号と第2号がある。第1号被保険者は65歳以上。第2号被保険者は40歳以上65歳未満の公的医療保険加入者が該当する。
第1号被保険者は、原因を問わずに要介護(要支援)認定を受けたときに介護保険サービスを受けることができ、第2号被保険者は、「特定疾病」が原因で要介護(要支援)認定を受けたときに介護保険サービスを利用することができる。
◇特定疾病
特定疾病とは加齢に伴うとされる疾病だ。関節リウマチ、筋萎縮性側索硬化症、骨折を伴う骨粗しょう症、初老期における認知症、脊柱管狭窄(きょうさく)症、脳血管疾患など16の疾病がある。がん末期も特定疾病に分類されている。
厚生労働省介護保険事業状況報告によると、2023年9月末現在、第1号被保険者で要介護(要支援)認定を受けている人は約690万人いるのに比べ、第2号被保険者の認定者は約13万人と少ない。ちなみに被保険者数は第2号の方が多い。
野村さんは、特定疾病の一つである関節リウマチで要介護認定を受けた。
関節リウマチは、免疫の異常により関節に炎症が起こり、痛みや腫れ、こわばりが生じる病気だ。進行すると、関節の変形や機能障害を来し、日常生活に深刻な影響を及ぼす。30〜50代の女性に多く発症し、治療期間は長い。
野村さんの発病は30代前半だった。
朝、指先がこわばる日が続いた。野村さんの職業は理容師。やがてはさみが使えなくなった。病院を受診すると、関節リウマチで、「治らない病気」と告げられた。
◇夢の断念
理容師にとって、関節リウマチは致命傷とも言える病気だ。当時、交際していた男性も理容師で、結婚して理容店を構える夢があった。しかし、その夢が閉ざされたこともあり、野村さんから別れ話を持ち出した。
それからおよそ20年。野村さんは、手指の巧みさが求められない限られた仕事を幾つか経験した後に、障害者手帳を取得。現在は、障害年金と生活保護の2本立てで生計を立てている。
◇介護保険の利用者となる
症状の進行とともに日常生活が立ち行かなくなった。病院のソーシャルワーカーの勧めもあり、要介護認定を受け、介護保険サービスの利用者となった。52歳になる頃だった。
まだまだ若い。介護保険の通所や短期入所サービスの利用者は年寄りばかり。もとより、それらのサービスを利用するつもりはなく、訪問介護のヘルパーに家事を手伝ってもらうことだけを望んだ。
◇同い年のケアマネジャー
担当になったケアマネジャーは、野村さんと同い年の女性だった。最初からとても気が合った。同年代の同性だからこそ分かる悩みに、心から共感してくれたのだ。ちなみに、介護労働安定センターの調査によると、21年10月時点のケアマネジャーの平均年齢は51.9歳だそうだ。
ケアマネジャーは、暮らしの上での悩みを自分のことのように受け止め、いろいろな策を一緒に考えてくれた。
◇友人のような関係
ケアマネジャーの訪問は、基本的に月に1回だ。もちろんその訪問で、利用者とケアマネジャーの関係として、必要なやりとりはするのだが、野村さんには、ケアマネジャーと交わす世間話が何よりも楽しみとなっていった。
女性2人で、浮世のばかさ加減を嘆いたり、テレビタレントの悪口をまくし立てたり、色気よりも食い気にうつつを抜かしたりする。いつしか、2人は旧知の友人のように、ため口で会話をするようになっていった。
◇ケアマネジャーからの依頼
そんなある日、訪ねて来たケアマネジャーが突然に切り出した。
「たまには、好きな時に買い物に行きたいでしょう」
野村さんは、「当たり前でしょう」と返した。
「じゃあ、今度、会議でそのことを発言してくれない」
それは「地域ケア会議」という場らしい。行政も参加するその会議で、この地域で不足している移送サービスの必要性を訴えてほしい、というのだ。
「嫌よ、人前で話すのは、絶対に嫌!」
野村さんがきっぱりと断ると、今度は一転して「それができるのは、あなたしかいないのよね。一生のお願い」と猫なで声で拝み倒した。それでも難色を示す野村さんに、あ〜でもない、こ〜でもないと次々に理屈を繰り出して、説得を続けること延々1時間。ついに根負けして野村さんは、会議での発言を承諾することになった。
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(2024/01/09 05:00)
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