こちら診察室 介護の「今」

社会資源をつくる 第20回

 ◇特訓

 それから会議の日まで、発言文の特訓が続いた。会議まで数日に迫ると、三日にあげずケアマネジャーがやってきて、発言の練習を迫るのだった。

 「参加者を納得させなきゃね」「少し押しが足りないかな」「せっかくだから、参加者の5人や6人は泣かせちゃいましょう」…。勝手なことを言いながら、結構感動的な演説文を作り上げていった。

 ◇地域ケア会議

 ケアマネジャーの思惑に乗り、地域ケア会議で、野村さんは参加者の心に響くスピーチを行った。それを受けて、ケアマネジャーが発言する。

 「20年もの間、ゆっくりと、でも着実に進行する病と闘い続けて来た、そんな1人の女性の切なる声に応えられなくていいのでしょうか」

 まさに政治家まがいの演説が続く。

 「ドライバーのやりくりや事故の補償、財源の問題など、解決しなければならない課題はあると思います。しかし、財源がなければ知恵を出し合いましょう。私たちがなにげなくできる『ちょっとした用事』ができなくて困っているのは、今、勇気ある発言をしてくださった野村良江さんだけではないはずです」

 ◇移送サービスの実現

 その後、例によって責任問題やら何やらでもめたあげく、それでも、感動的なスピーチをなおざりにはできず、地域ケア会議から半年後に、移送サービスが実現。地域に待望の社会資源が誕生した。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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