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未知の脳領域「前障」の形成過程を解明
~現役医学部生による研究成果~ 慶應義塾大学医学部、東京慈恵会医科大学

 慶応義塾大学医学部6年生の大島鴻太は、東京慈恵会医科大学解剖学講座の久保健一郎教授(研究開始時は慶応義塾大学医学部解剖学教室准教授)、慶応義塾大学医学部解剖学教室の仲嶋一範教授らと共に、これまで不明であった、脳の中にある「前障」と呼ばれる領域が形成される過程を明らかにしました。

 前障は、脳の深部に存在して「意識をつかさどる」と考えられている脳の重要な一領域ですが、その機能や特徴の多くが未解明であり、脳の発生過程において前障がどのように作られるのかについては、これまでわかっていませんでした。

 今回の研究では、マウスの前障を構成する神経細胞を可視化し、それらの細胞が誕生後にどのように移動して最終目的地へと配置するのかを調べました。その結果、前障の神経細胞は、最終目的地を一度通過した後、移動方向を反転させ、来た経路を逆向きに移動して最終目的地にたどり着くという特徴的な移動をすることを見いだしました。神経細胞がこのように移動方向を完全に反転させる現象はこれまで報告がないため、反転移動(“reversed migration”)と命名しました。

 脳の形成過程に異常が生じると、統合失調症自閉スペクトラム症などを引き起こす可能性が近年注目されています。本研究で得られた知見は、そのような疾患の病態理解につながることが期待されます。

 本研究成果は、2023年1月12日(日本時間)に神経科学雑誌The Journal of Neuroscienceに掲載されました。

 1.研究の背景と概要

 前障は、ヒトを含む哺乳類の大脳皮質の深部に位置する領域です。小さな領域ですが、脳の多くの部位と結合して「意識をつかさどる」とされ、機能として、注意の割り当てや意識の調節など多くの仮説が提唱されてきました。重要な領域と考えられますが、いまだ解明されていないことの多い領域です。

 脳を構成する神経細胞の多くは、脳の最深部で誕生した後、脳表面へと移動し、最終的に正しい場所に配置されます。しかし、前障が形成される過程で、神経細胞がどこで生まれてどのように移動し、適切に停止して前障を作っていくのかについては、わかっていませんでした。

 2.研究の内容と成果

 今回の研究では、マウスの前障が形成される過程を明らかにするため、フラッシュタグ法(注1)を用いて前障を構成する神経細胞を蛍光色素で可視化し、その動きを調べました。その結果、脳の深部で生まれた前障の神経細胞は、いったん脳の表面に達したあと、移動方向を反転させて脳の深部に向かう様子が観察されました。

 そこで次に、以前に仲嶋教授らが開発した簡便な遺伝子導入法である子宮内電気穿孔(せんこう)法(注2)を用いて、マウス胎児の神経細胞に蛍光タンパク質を発現する遺伝子を導入しました。そして、前障を含む脳の組織を培養し、蛍光ラベルされた細胞の移動の様子を動画で撮影しました。その結果、前障の神経細胞は、まず脳の表面へと移動しましたが、途中にあるはずの最終目的地(将来前障が形成される場所)では停止せず、その目的地を一度通過することがわかりました。そののち、いったん脳の表面に達したあと、今度は移動方向を反転させ、脳の深部へと逆向きに移動して、最終目的地に配置されました(図)。脳の表面に向かって移動していた神経細胞が、その移動方向を完全に反転させて脳の深部に向かう移動は、これまでに報告されたことがない特徴的な現象であり、「反転移動」と命名しました。

 次に、本研究グループは、リーリン(注3)という分子を欠損したマウスを用いて、リーリ
ンの前障形成における役割について検討しました。その結果、リーリンを欠損したマウスで
は、前障神経細胞が通常と比べてより脳表層側に配置されることが明らかになりました。こ
の結果から、前障神経細胞が正しく移動し適切な位置に配置されるために、リーリンが必要
であることを見いだしました。

 3.今後の展開・意義

 今回の研究で、前障の形成過程で神経細胞が正しく配置する様式や仕組みが明らかになりました。脳の形成過程における神経細胞の配置の異常は、多くの疾患と関連することが知られています。また、前障の機能障害は、統合失調症てんかんなどの精神・神経疾患につながる可能性が近年示唆されています。したがって、今回の研究は、そのような精神・神経疾患の病態理解に新たな道を開くことが期待されます。

 4.特記事項

 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(PRIME)(JP19gm6310004)、JSPS 科研費JP20H05688, JP16H06482, JP21H02853, JP20H03649, JP19H05227, JP19H01152、先進医薬研究振興財団、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、慶應義塾学事振興資金、福澤諭吉記念慶應義塾学事振興基金、東京慈恵会医科大学萌芽的共同研究推進費の支援により行われました。

 5.論文

 英文タイトル:A unique “reversed” migration of neurons in the developing claustrum
 タイトル和訳:発生過程の前障における神経細胞の特徴的な「反転」移動
 著者名:大島鴻太、吉永怜史、北澤彩子、廣田ゆき、仲嶋一範、久保健一郎(仲嶋一範と久保健一郎は共同責任著者)
 掲載誌:The Journal of Neuroscience
 DOI:10.1523/JNEUROSCI.0704-22.2022

 【用語解説】

 (注1)フラッシュタグ法:今回の論文の共同著者である東京慈恵会医科大学の吉永怜史助教らが、慶応義塾大学医学部解剖学教室在籍時に、神経細胞を可視化するために最適な条件を検討して報告した方法です(Yoshinaga, et. al, iScience, 2020)。蛍光色素を用いて簡便に神経細胞を可視化することができます。

 (注2)子宮内電気穿孔法:今回の論文の共同責任著者である慶応義塾大学医学部解剖学教室の仲嶋一範教授(東京慈恵会医科大学客員教授)らが、東京慈恵会医科大学DNA医学研究所在籍時に開発して報告した、簡便な遺伝子導入技術です (Tabata andNakajima. Neuroscience, 2001)。任意の遺伝子をマウス胎児の脳の任意の場所と時期に導入することができます。

 (注3)リーリン:脳の発生過程において、脳の最表層から分泌され、神経細胞の配置を制御すると考えられているタンパク質です。成体でのシナプスにおける機能なども報告されています。

(了)

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