女性アスリート健康支援委員会 金メダリストの自己管理術

スケート選手の「悪くない」の意味
-スピードスケート金メダリストの佐藤綾乃選手-(3)

 2018年の平昌五輪スピードスケート女子団体パシュートで金メダルに輝いた佐藤綾乃選手。日本の女子では冬季五輪史上最年少となる21歳73日での快挙でした。4年後の22年2月の北京五輪では、同種目決勝で連覇を目前にしながら最後のカーブでメンバーの1人が転倒し、惜しくも銀メダルに終わっています。ただ、個人種目の1500メートルでは、メダルにあと一歩の4位入賞と手応えを感じることもできたことを強調しました。月経痛などの問題では、基礎体温の測定の習慣付けやピルの適正な服用で克服できたことが競技に集中できる大きな要因になったそうです。北京五輪から3カ月後の5月中旬、佐藤選手にスピードスケートへの思い、4年後の五輪に向けた心境、女性アスリートとして後進へのアドバイスなどを語っていただきました。

質問する鈴木なつ未拓殖大学准教授(左)と佐藤綾乃選手

 ここからは、スピードスケートのノービス(小学生)からナショナルチームまで女子選手をサポートしている拓殖大学の鈴木なつ未准教授(スポーツ医学=女性アスリートのコンディショニング)に、女性アスリートならではの課題などについて聞いていただきます。

 ―まず、体調管理について聞かせてください。

 朝ごはんをしっかり食べるとか、しっかり睡眠を取るとか、お風呂に漬かるとかして体調を維持しています。

 ―体温を測るなど、具体的なことはしていますか。

 基本的には毎日元気ですが、風邪をひくなど体調が悪いときには体温も測りますし、普段と比べて食事の量が少ないなというときなんかは「疲れているんだな」ということを確認するようにしています。

 ―調子の良しあしは、どのようにして把握しますか。スケートの選手はよく「調子は悪くない」という言い方をします。「良い」とは言わず、「悪くない」と言いますよね。

 私の場合は、トレーニングで普段は6、7割ぐらいでできることが8、9割出さないとできないときとか、心拍数が上がり切らないというときは(調子が)良くないです。「悪くない」というのは、1周にかかるスピードが通常35秒だったとして、タイムは変わらないけれども「これ以上は持たない」というような感じのときです。スケーティングなど見た目はそんなに悪くないが、そういう状況のときに「悪くない」という言い方が出てくるのかなと思います。

 ―体調の変化について動きが違うということもありますか。

 動きでは、体幹を使って普段は止まれるところが止まれないとか、(体の)可動域が全然出てこないといったことが、調子が悪いということにかかわってくるのかなと思います。

 ―調子が悪いなというときに体をケアすることが大事になりますね。

 ケアは必須。自分でもやりますし、自分でやり切れないこともあるので、トレーナーさんにマッサージしてもらったりして改善するようにしています。

 ―ジュニア時代にトレーニングやコンディショニングで私もサポートさせてもらいましたが、佐藤さんはジュニアからシニアのナショナルチームへすっと入っていった感じがしますが。

 ジュニアの時代はあまり情報もないし、自分の体のこともよく知らなかった。そんな時にいろんなことについて講義を受け、情報も知識も多くを得ることができたのは競技を続けていく上でとても大きかったです。ジュニアの頃に、乳酸値の計測をしてもらうなど、いろんな経験をしたのは良かったと思います。「乳酸値がこれぐらい出ている」とか、月経周期に関する知識など。今でも基礎体温と月経周期をしっかり記録することは続けています。鈴木先生にジュニア時代にたくさん教えていただき、記録することは続けています。記録を見て、「自分のフィーリングとどのくらい比例しているのか」について把握できますし、女性アスリートとして競技を続ける上で、とても大事なことだと思います。

 ―オーバートレーニングについては、自身でどのように対応しましたか。

 これは自分では分からないところもありますし、コーチでも見極め切れないところもあります。最初は「どうしてだろう」と思いながらもやっていくしかないです。しかし、やってもやっても(タイムなどの)数値が上がらないし、氷上トレーニングだったらスケーティングも変だし、10周滑るところを2周しか滑れないとなって、さすがに「おかしい」となるわけです。そこでコーチと話し合ってみて、「いったん休んで調整してみよう、氷上から離れてみよう」ということになりました。その間、陸上トレーニングや体幹トレーニングをやりながら、体力的にも精神的にもリフレッシュすることができました。それまで自分の体としっかり向き合うことがなかったが、トレーナーさんと相談しながら、どこの力が弱くて、どこの筋力が強いのかとかを把握することができました。それがすごく良かったです。

質問に答える佐藤綾乃選手

 ◇ピルの服用で競技へ集中可能に

 ―女性特有の問題では、ジュニア時代の佐藤さんはあまり困っているというように見受けられませんでしたが、どうだったのでしょう。

 当時は私には特に問題がなくて、母と妹の症状が似ていて、私にはそういうものがなかったので、あまり母とそういうことについて話をしたことはありませんでした。

 ―シニアに上がってから、コンディショニングの観点で月経調整、ピルの服用でどうだったかについて聞かせてください。

 ジュニアの最後の年の大学1年生で、初めて月経痛が出ました。かなり重めの痛みだったのですが、それを経験してピルを服用し始めました。始めてからは痛みもなくなり、生理のことを気にすることなく、トレーニングや試合にしっかりと集中して挑めるようになりましたので今でも良かったと思っています。女性と月経という問題は難しいと思いますが、私は競技に100%の力で臨めることでパフォーマンスも上がりました。ピルによる調整をやって本当に良かったなと思います。

 ―基礎体温などを計測することも役にたちましたか。

 自分の体を知る一つのバロメーターにもなります。恐らくジュニア時代からの習慣付けができていなければ、今でも続けることはできなかったかもしれません。そこの経験は大きかったと思います。

 ―体調管理や女性特有の問題の観点からも、その習慣付けというのは大事だというメッセージになっているのかなと思います。ジュニアの選手や選手の周りにいる人たちに今伝えたいことはありますか。

 月経のことを他の人に伝えるというのはなかなか難しいことだと思います。しかし、月経が来ている時の状態というのを前もって指導者に伝えておくことは、すごく大切なこと。女性の指導者であっても男性の指導者であっても、月経の時のコンディションで、「きょうはこれができて」「これができない」ということを指導者も知っているということで、クリアな状態でトレーニングに励むことができます。

 変な空気も流れないし、「どうしてできないんだ」などという嫌なやりとりもしなくて済みます。指導者とのコミュニケーションはしっかり取っておくというのは大事ですね。そのためには、選手がそのことを言いやすい環境を指導者がつくる必要があると思います。月経中には、おなかに力が入りにくいし、腰回りにも力が入らず安定しないので、指導者には腰に負担が掛かるようなトレーニングをさせないでほしいし、選手もしないでもらいたいです。

 ―貴重な経験やこれからの課題など、とても有意義なお話を聞けました。ありがとうございました。私(鈴木准教授)の質問はここまでとさせていただきます。

 佐藤綾乃(さとう・あやの)選手略歴 2018年平昌五輪の団体パシュートで金メダル、3000メートルで8位入賞。22年北京五輪では団体パシュートで銀メダル、1500メートルで4位、マススタートで8位入賞。高崎健康福祉大学を経て全日本空輸(ANA)所属。1996年12月10日生まれの25歳。北海道厚岸町出身。

 鈴木なつ未(すずき・なつみ)拓殖大学准教授略歴 拓殖大学卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻修了。博士(スポーツ医学)。その後、独立法人日本スポーツ振興センターが運営する国立スポーツ科学センターなどで研究員を務めたほか、日本オリンピック委員会強化スタッフ、日本スケート連盟スピードスケートで科学スタッフなどとしても活躍。2021年1月からは全日本柔道連盟医科学委員会特別委員も務める。(了)

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