女性アスリート健康支援委員会 アスリートの田中理恵は永遠に消えない ~競技者として女性として母として生きる~

これまでの自身の経験伝えたい 【第2回】

 2012年ロンドン五輪で体操の日本代表選手となり、女子体操選手としては長身の157センチの体格を生かした演技で活躍した田中理恵さんに、20年余の競技生活や引退後の生活、現役選手へのメッセージなどを語っていただきました。医師として女性アスリートの健康サポートにも長年携わってこられた「総合母子保健センター 愛育病院」の安達知子名誉院長(東京女子医科大学客員教授)にもオブザーバーとして参加していただき、専門家としての知見を述べていただきました。

田中理恵さん

 ◇大学1年で「ネズミ」の除去手術

 ―中学3年時に痛めた関節の「ネズミ」ですが、大学に入って手術したそうですね。

 「大学1年の時に、日体大のトレーナーから『手術で除去したら楽だよ』と言われて手術しました」

 ―それまでずっと痛かったのですか。

 「ずっと痛かったですね。中学、高校では専門的なトレーナーがいませんでした。大学で初めてトレーナーの方に出会って、その一言で手術をしたことで痛みが全くなくなり、そこから第二の体操人生が始まりました」

 ―もっと早くに手術すればよかったですね。

 「そうですね。私の場合は『靱帯(じんたい)に骨が刺さった状態だった』と言われましたので、もっと早くに手術しておけばよかったと思いました」

 ―大学1年で手術し、その後は。

 「大学2年時は、ほぼリハビリに費やし、3年生になって北京五輪の選考会から競技に復帰できました」

 安達先生 リハビリは大事なプロセスですが、競技に復帰するまでには人に言えないような困難がたくさんあったかと思います。これを乗り越えられたのは家族の支援、特に理恵さんにとってはお父さまの存在が大きいと感じます。普通の家庭では『月経はきちんと来ているか』などと言ってくれる父親はあまりいませんから。スポーツ指導者でもなかなかそこまで踏み込んでは聞きにくいですし、とりわけ男性の指導者にはいないのではないでしょうか。これからは月経に対してポジティブな考えを持つ指導者を増やしていかなければいけません。ただ、男性の場合は自分の体験として持っていないものですから、それだけに理恵さんにとってのお父さまの存在は大きかったようですね。

 「そう思います」

 ◇月経をポジティブに変える教育を

 ―日本の性教育にも問題があるという指摘もあります。教えるべき時期にきちんと教えていないために、そういったネガティブなイメージを持ったまま大人に成長してしまうのではないでしょうか。

 安達先生 初めての月経を迎える時に、それをポジティブに思えるような教育というのはやはり必要だと思いますが、学校はきちんと対応しているというのが文部科学省のお答えです。しかし、月経が来る前にその話をしても本人たちはイメージをつかみにくく、突然に来れば混乱しますし、体に症状を伴えば嫌ですし、人に知られるのも恥ずかしいし、トイレにナプキンを持って行くのも恥ずかしいとか、いろんな思いがあります。いろんな活動も抑制されるので、ネガティブな方向に行きがちで、痛みも強くなりやすいということがあります。そういう意味では理恵さんはとても上手に乗り切りました。努力もされたのでしょうが。

 ―田中さんは理解のあるご両親がいらっしゃったため、ご本人もこの問題について理解を深めることができたのだろうと思います。しかし、社会としてはまだまだ足りないですね。

 「そうですね」

 安達先生 先ほども出たドーピングの問題というのは、(競技者にとって)一番気になることだと思いますが、諸外国では低用量ピルは8、9割の方が使っています。自身のコンディションと大事なイベントとの兼ね合いを上手にコントロールできています。(日本では)本人だけでなく指導者も、そういうことをしていいのかどうかさえ不安という状況がありますから、そういう教育も大事です。それと月経をポジティブに捉えられるようにする教育も大切です。女子だけでなく、男子にも同じように教えること。傍らにいる男子が『月経というのは良くないものだ』とか言ったり、からかいの対象にしたりしないようにしなければいけません。

 ◇低用量ピルは安全性の高い薬

 ―初歩的な質問ですが、低用量ピルの人体への影響はないのですか。

 安達先生 ポジティブな影響の方が多いですね。薬はどんなものでも、いいところと悪いところと必ずあるはずですが、例えば風邪薬ですと、1週間も2週間も飲み続けたら、とても体調が悪くなります。口の中もおかしくなり、食欲もなくなり、場合によっては肝臓にも悪いことがあるかもしれません。しかし、低用量ピルは年単位での服用ができるように開発された薬です。家族計画で妊娠をコントロールするために何年という単位で飲む薬なのです。体への影響という意味では一番安全な薬と言えます。もちろん服用できない方もいます。年齢がある程度いっている方やたばこを1日に20本以上も吸う方、血栓症を起こした方とか血圧がものすごく高い方とか、どんな薬でも禁忌というケースは必ずあるものです。若い女性にはほとんどそういうものはないので安全性が高い薬だと言えます。

 「男性もそうかもしれませんが、特に女性がスポーツをするということは、心と体が整っていないとモチベーションやコンディションも、さらには成績も付いてこないですね。そういう意味でも、今はピルを飲むことに全く恐怖心はありません。ピルを飲むことはプラスなことだと皆さんに理解してもらいたいなと思います」

 安達先生 昔は経口避妊薬という意識だったと思いますが、今は低用量ピルという月経困難症の治療薬という認識です。女性の10%が子宮内膜症という、ちょっとやっかいな病気になりますが、その予防薬や治療薬にもなる薬です。女性にとってはありがたい薬です。日本では1999年に承認され、世界では1960年に承認されています。

 ―日本では随分と承認が遅かったですね。

 安達先生 遅いですね。

 「女性としては、競技人生が終わった後の方が絶対に長いですから、そこを常に見た上でスポーツも全力でやってほしいです。五輪のためなら、この先の幸せなんか要らないという気持ちになるのも分かりますが、そこで無理をして体を壊したら意味がありません。アスリートとして、オリンピアンとして同じ競技を続けてきた誇りを、その後の人生の自信につなげてもらいたいです」

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