「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

第8波発生への三つのシナリオ
~「いつ始まるか」「どれだけ被害が生じるか」~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第52回】

 10月中旬になり、日本全国で新型コロナウイルスの感染者数が再び増加傾向にあります。今年末からの冬には第8波の流行が起きると予測されていますが、これはその予兆なのでしょうか。今回は第8波の発生に至る過程を解説しながら、今後の流行を予測してみます。

雪の中、JR新宿駅前を歩く人たち

 ◇第8波の予兆か

 10月20日に開催された厚生労働省のアドバイザリーボード会議で、新型コロナの新規感染者数が10月中旬から日本全国で再び増加傾向にあると報告されました。この傾向は北日本などで特に顕著に見られます。こうした状況を、これから来る冬に予想されている第8波流行の予兆と捉えることもできます。それというのも、ドイツやフランスで10月に入り、新規感染者数が増加しているからです。西ヨーロッパは日本よりも一足先に気温が下がり、秋の深まる季節を迎えているのです。

 ◇冬に流行しやすい理由

 これから来る冬に新型コロナが流行する理由はいくつかあります。

 一つは、新型コロナのように飛沫(ひまつ)感染するウイルスは、寒い季節に流行しやすいためです。寒くなると屋内で過ごす機会が多くなり、人と人の距離が接近します。また、換気が頻回に行われなくなり、飛沫感染の起こりやすい環境になるのです。日本での新型コロナの流行を振り返っても、2021年1月に第3波、22年1月に第6波と、真冬の時期に感染者数が大きく増加してきました。

 もう一つの理由はワクチンの効果で、今まで使われてきた従来株ワクチンでは、現在流行しているオミクロン株への感染予防効果が弱く、短期間で減衰してしまうためです。この対策として、オミクロン株ワクチンによる追加接種が22年の9月中旬から始まっていますが、その接種率はまだ低い状況です。このままですと、ワクチンによる防御はかなり手薄になるでしょう。

 こうした理由で、日本だけでなく、北半球全体で冬の新型コロナ流行が起きると予測されているのです。

 ◇残り火が再燃するシナリオ

 それでは、これから来る冬の流行、日本で言えば第8波はどのような形で発生するのでしょうか。これには三つのシナリオが考えられます。

 まず考えられるのは、それまで流行していた新型コロナウイルスの残り火が、寒い季節に再燃するという状況です。現時点で、世界的にはオミクロン株のBA.5が流行しています。これは日本で第7波の大流行を起こしたウイルスになりますが、10月に入ってもBA.5の感染者は毎日3万~4万人発生しています。

 こうしたBA.5の残り火が、気温の低下や感染対策の緩和で再燃を起こす可能性があります。実際に10月中旬から日本国内で感染者が再増加しているのも、ドイツやフランスで感染者数が増加しているのもBA.5の残り火が再燃したためと考えられています。このような形で第8波が始まっても、あまり大きな流行になることはないでしょう。ヨーロッパではマスク着用などの規制を少し強化していますが、行動制限までかける事態には至らないと思います。

 ◇新たな派生型が流行するシナリオ

 次に考えられるのが、オミクロン株ウイルスの新たな派生型が流行するという状況です。現在、このような派生型として注目されているのがXBB型とQS.1型です。

 XBB型は2種類のBA.2ウイルスが結合してできた派生型で、アジアを中心に世界21カ国から報告されており、シンガポールでは9月末からその感染者数が急増しています。日本でも検疫では確認されていますが、国内感染例はまだありません。この派生型は感染者やワクチン接種者が持つ中和抗体が効きにくい可能性があり、現在のBA.5よりも感染しやすいと考えられています。

 もう一つのQS.1型はBA.5の派生型で、米国やヨーロッパを中心に世界48カ国から報告されています。日本でも国内感染が数例確認されています。この派生型も中和抗体が効きにくいことでBA.5よりも感染しやすいと考えられていますが、今のところ感染者が急増している国はありません。

 こうした新しい派生型が、まずは海外で流行し、その波が日本に及んで第8波になることも考えられます。現在、日本では水際対策を大幅に緩和しているため、海外で流行が発生した後、時間を置かずに国内の流行へと進むこともあるでしょう。この場合は、かなり大きな第8波になることが予想されます。行動制限や水際対策を強化することはないでしょうが、現在行われている全国旅行支援などの経済復興策を一時中止する必要性が出てくると思います。

 ◇別の変異株が出現するシナリオ

 最後に考えられるのは、オミクロン株でない別の変異株が出現し、それが世界的な流行を起こす状況です。21年11月にオミクロン株がアフリカ南部で発生しましたが、それと同様の事態の再現になります。新たな変異株の流行となると、ウイルスの感染力は強いはずですし、重症度が強くなることも想定しておかなければなりません。

 このシナリオの可能性はかなり低いと思いますが、オミクロン株が発生してまだ1年も経過していないことを考えると、こうした事態にも対応できる準備が必要です。現在、日本で行われている各種感染対策は、オミクロン株の流行であることを前提にしており、それが根底から崩れてしまいます。行動制限を含む新たな対策の構築も必要になるでしょう。

新型コロナウイルス・オミクロン株対応の米ファイザー製ワクチン

 ◇オミクロン株ワクチン接種が鍵

 このように第8波の流行に当たっては、いくつかのシナリオが想定されますが、いずれの場合でも、その流行前にオミクロン株ワクチンを接種しておくことが健康被害を少なくするための鍵になります。BA.5の再燃であれ、新たな派生型の流行であれ、いずれもオミクロン株なので、それをターゲットとするワクチンを接種しておけば、感染予防や重症化予防に一定の効果を発揮するはずです。また、別の変異株が流行したとしても、オミクロン株ワクチンには従来株も含まれているため、新型コロナウイルス全般の免疫を強化することができます。

 政府は22年末までに全国民への追加接種を計画しており、それに必要なワクチン量は確保していますので、早めにオミクロン株ワクチンを受けるようにしましょう。なお、これから来る冬には3シーズンぶりのインフルエンザ流行も予想されますので、インフルエンザワクチンの接種もお忘れなく。

 第8波の流行は避けられないもので、「それがいつ始まるか」「どれだけの被害が生じるか」という問題になっています。新型コロナの流行も3年近くが経過し、国民の皆さんは感染対策に疲れ果てていると思いますが、この第8波を乗り越えて春になれば、暫くは流行が落ち着くと予想されています。ここは、もうしばらくのご辛抱をお願いいたします。(了)

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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