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高齢化率世界一の日本のコロナ禍超過死亡率が低い要因を解明~コロナ禍前の60歳平均余命が長い国ほどコロナ禍超過死亡率は低い~ 東京慈恵会医科大学

 東京慈恵会医科大学分子疫学研究部浦島充佳教授らは、各国のコロナ禍での死亡率の変動とコロナ禍以前の健康医療や社会経済指標との相関を調査し、コロナ禍前の60歳平均余命(60歳の人があと何年生きられるかの平均値)がコロナ禍超過死亡率(新型コロナのパンデミックが発生しなかったときに予想される死亡率とコロナ禍で実際に記録された全ての原因による死亡率との差)に最も強く相関していたことを明らかにしました。

 日本は世界一の高齢者大国であり、また新型コロナは高齢者で特に死亡リスクが高いことが知られています。このことから日本ではコロナ禍における死亡率が高くなることが予想されましたが、実際には世界中で比較しても死亡率の増加が最も少ない国の一つとなりました。

 本研究内容はこのパラドックスを解明するために実施され、将来的に起こりうる新興感染症のパンデミック対策を検討する上で大いに参考になると考えられます。

 本研究は10月19日にアメリカ医師会雑誌のJAMA Network Open誌に掲載されました。

研究成果のポイント

 超過死亡率の判明している160カ国のうち、60歳以上の高齢者率が高い上位40カ国についてコロナ禍前の各国公表データとの関係を調査したところ、上位から「各国60歳平均余命」、「ワクチン接種率」、「国民1人当たりのGDP」の順に強い相関を示していることが判明しました。

相関の強かった上位3項目
(1).    各国60歳平均余命(2016年)     (相関係数=‐0.91)
(2).    ワクチン接種率                 (相関係数=‐0.82)
(3).    国民1人当たりのGDP(2016年)   (相関係数=‐0.78)

 今後の取り組み:日本の新型コロナ対応の反省点、教訓、将来のパンデミックに向けて改善すべき点などさらなる分析を進める予定です。

メンバー:
ž    東京慈恵会医科大学
分子疫学研究部 教授 浦島充佳
耳鼻咽喉科学講座 助教 阿久津泰伴
分子疫学研究部 学生班 田中英美理、石原大翔

研究の詳細

1.パンデミックによる評価は超過死亡で成すべき
 1918年から1921年の3年にわたって流行した悪名高き新型インフルエンザのパンデミック、スペイン風邪では世界で4000万から6000万人、日本でも50万人の命が奪われました。このスペイン風邪に比べると日本における新型コロナによる死亡者数は少なくなっています。

 WHOは「2020年1月から21年12月までの2年間で新型コロナのパンデミックにより1500万人が死亡した」という超過死亡の計算結果を発表しました 。これは新型インフルエンザである香港風邪やアジア風邪よりはるかに多い数字となり、世界全体をみると、2022年のオミクロン株の影響を加えれば悪名高いスペイン風邪に迫るものになると考えられます。

 一方、各国からWHOに日々報告される新型コロナによる死亡数の累積は同期間で540万人であり、1000万人近くが過少報告され、超過死亡と報告数の間に大きなギャップが生じています。

 コロナ禍超過死亡とは、コロナ前の国の死亡者数のトレンドから新型コロナが流行しなかったと仮定したときに予測される2年間の死亡数を計算し、実際の全ての原因による総死亡数から差し引きした人数です。この中には、医師が新型コロナによる死亡として届け出た数だけではなく、本当は新型コロナで亡くなったにもかかわらず他の死因として届けられたケース、医療機関を受診できずに死亡したケース、新型コロナの流行により病院が逼迫(ひっぱく)して普段なら救える患者を救えなかったケースなどが含まれます。そのため、新型コロナ報告数より大きくなる傾向にあります。一方、コロナの流行によりインフルエンザなどコロナ以外の感染症死が減る、多くの人が外出を控えたため交通事故死が減るなどすれば超過死亡がマイナスになることも考えられます。中低所得国など医療や検査体制が不十分な国ではこのギャップが想定以上に大きかったと言えます。

2.高齢化率が世界一なのにコロナ禍超過死亡率を低く抑えられた日本のパラドックス

 新型コロナの死亡リスクが高齢者ほど高い傾向にある ことはよく知られています。そこで各国を人口の60歳以上が占める割合で4グループに分け、超過死亡率を比較しました。
高齢者が最も少ないグループQ1には多くのアフリカや中東諸国が含まれています。これら40の国々では超過死亡率は低くなりました。高齢者が少ない国にとってはエボラ出血熱マラリアのような危険な感染症新型コロナよりも脅威であるためと考えられます。

 一方高齢者が多いQ4には欧米諸国、旧ソビエト連邦、東欧諸国、日本、韓国などの40カ国が含まれています。総じて超過死亡率は高くなりましたが、グループ内での開きが生じています(次図)。Q4の中で超過死亡率がマイナスだった国はニュージーランド、オーストラリア、日本、ノルウェーの順となります。逆にロシアを含む旧ソビエト連邦や東欧諸国の超過死亡率は200を超えるなど桁違いに高くなりました。

1 14.9 million excess deaths associated with the COVID-19 pandemic in 2020 and 2021. WHO May 5, 2022.
https://www.who.int/news/item/05-05-2022-14.9-million-excess-deaths-were-associated-with-the-covid-19-pandemic-in-2020-and-
2021
2 Williamson EJ, Walker AJ, Bhaskaran K, et al. OpenSAFELY: factors associated with COVID-19 death in 17 million people. Nature.
2020;584(7821):430-436. doi:10.1038/s41586-020-2521-4.

 なぜ世界で一番高齢者の割合が高い国である日本は超過死亡率を最も低く抑えることができたかを説明するため、私たちは、2016年などコロナ禍前における健康や経済の50項目の指標との相関をとることにより分析しました。

 この研究結果は2022年10月19日にアメリカ医師会雑誌の一つであるJAMA Network Open に誌上発表されました 。

 50項目の中から相関の強かった順に3項目を示します。

 中でも最も相関の強かった因子は「60歳の平均余命」で、相関係数は‐0.91と疫学研究ではめったにみられないほどの極めて高い相関係数となりました。

  Urashima M, et al. Association of life expectancy at 60 years of age before the COVID-19 pandemic and excess mortality during the pandemic in aging countries. JAMA NO (in press).

 2番目は「2021年末までの累積ワクチン2回接種率」で、これも‐0.82と非常に高い相関係数を示しました。ワクチン接種率が高い国ほど超過死亡率が低いという予測可能な結果ながら、ワクチン接種により大勢の命が救われたことが示されていると考えられます。

 3番目は「国民1人当たりのGDP」であり、これが大きい国では超過死亡率が低くなっています。相関係数は‐0.78となりました。この傾向はスペイン風邪のときにも認められました 。

4 Murray CJ, Lopez AD, Chin B, Feehan D, Hill KH. Estimation of potential global pandemic influenza mortality on the basis of vital
registry data from the 1918-20 pandemic: a quantitative analysis. Lancet. 2006;368(9554):2211-2218.

 これらの3因子について確認のため多変量解析を行いましたが、「60歳の平均余命」だけが有意で、他の「2021年末までの累積ワクチン2回接種率」と「国民1人当たりのGDP」の有意性は失われました。よって後者2因子は「60歳の平均余命」と超過死亡率との関係に対して交絡因子になっていると考えられました。

 「30歳から70歳の間で心筋梗塞などの心血管疾患、脳卒中、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患で死亡する人口あたりの割合」は相関係数が0.90と極めて強い相関を示しました(次図)。

 一方、乳幼児の重症化が少ない新型コロナにおいて「5歳未満の乳幼児死亡率」との強い相関は示されませんでした。もし乳幼児の致死率が高くなる別の感染症であれば平時の乳幼児死亡率と強い相関を示したかもしれません。

3.東京慈恵会医科大学 分子疫学研究部 教授 浦島充佳 のコメント

 人間いつかは死亡します。しかし、働ける間に病死するのか仕事をリタイアしたあとに病死するのかでは大違いです。30歳から70歳という働ける間に病気、特に生活習慣病にかかって死亡する人の割合が低い国では当然60歳の平均余命が長くなります。ここには紛争、事故、自殺などは含まれません。よって「60歳の平均余命」が長い国は、例えば高齢者に肺炎球菌やインフルエンザのワクチン接種を促す地域プログラムがしっかりしているとか、バランスのとれた栄養、適度な運動、助け合い精神、そして、お年寄りにやさしいコミュニティーとかが在るでしょう。もちろん誰でも高度な医療を受けられるといった地域医療の質の高さもあります。そういったものの総合的な指標が「60歳の平均余命」ということです。このような指標は平時努力の積み重ねの上に改善されます。コロナ禍前の「60歳の平均余命」が長ければ長いほど、コロナ禍の超過死亡率は低くなりました。要するにコロナ禍前、平時から予防し得る病死を確実に予防できる国では、新型コロナパンデミックのような健康危機が襲っても強い、言葉を変えればレジリエントということです。コロナ禍前から既に勝負はついていたのです。私が以前より主張する「危機管理は平時にあり」とはこのことです。「泥棒を捕らえて縄を綯う」のでは遅すぎます。他国と比較すれば日本は「超過死亡を低く抑えた」という点で合格だったと思います。これは政府の導きというよりは、国民の辛抱と努力の結果だったのではないでしょうか。しかし、日本であれば健康寿命を100歳まで引き延ばすことも夢ではないし、まだまだ改善の余地があると私は考えます。

 この論文は公開データを使って数日で解析したものですが、JAMA NO の査読してくださった先生方からも非常に高い評価をいただきました。


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